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エッセイ308:趙 長祥「上海万博のよい影響は長続きできるのか?」

昨年の5月から10月に上海で開催された万博は中国の経済発展にとって、北京オリンピック以来最大のイベントであり、中国急成長の証でもあった。

上海万博を成功させるために、中央政府をはじめ、上海市政府は莫大な投資をした。特に、都市部のインフラ(地下鉄、バス路線などを含めた公共交通手段)、万博関連施設の建設、街の清掃(一時に多くの人手を投入した)、市民へのマナー教育など、様々な面で工夫していた。そのため、上海万博は成功裏に収められ、その時点において上海を国際大都市にまで向上させた。昨年10月に筆者も万博を見学した。その時、街の清潔さ、市民のマナー、万博園内のサービス(夜20時以降を除く)など、色々な面で上海は他の国際都市と比肩できる世界有数の都市だと思った。また、この上海万博の開催効果を長く持続できるだろうと思っていた。

しかし、実際に上海に住み始めてみると、万博一年後の現在は昨年の万博の時の上海とは比べられないほど違っており、どこか別の都市ではないかという錯覚さえも感じてしまう。同じ街なのに、何故これ程違った印象を与えるのか不思議に思った。

まず、現在の状況を確認しよう。2011年7月27日の上海浦東テレビ台の報道によれば、三林浦東万博園内の状況はめちゃめちゃであった。道路のあちこちに捨てられた様々なゴミ、補助施設の破壊などは驚きであった。かつての文明エリアは消え失せていた。

明らかに現在の上海はソフトの面で何か大切なものが欠落している。

筆者自身の経験からもその点を証明できる。市の中心部を除けば、どこに行ってもゴミが捨てられ、ゴミ捨て場のようになっているところもある。あちこちに痰を吐くことも相変わらずである。地下鉄に乗るときの「列に並びましょう」というポスターは完全に無視され、ドアが開けば一斉に中へ流れこんで、席を奪い合う。降りる人が降りられなくなり、私はみんなの席の奪い合いが終わってから降りることがしばしばである。深夜(お祭でもないのに午前2時に爆竹を鳴らす)や早朝(5時頃)も自分の都合ばかりで騒ぎ、他人の休息に影響を与えても、偉そうに屁理屈ばかりこねる。

このようなマナーは常識的なものばかりで、特別なことは一つもない。しかし、これらのマナーは一つの街が文明的であるかどうかを評価する指標となっている。しかも、このような態度を直す方法はいくらでもある。だが、人々はこのようなことはすべて小さなこと(小事)であり、殆ど無視し、改善する気持ちはほぼ皆無に等しい。

一つの都市を評価する時、ハードとソフトの両面を客観的に見なければならない。ハードだけ(市内のインフラなど)からみれば、最新技術を取り入れた高く聳え立つ「陸家嘴金融城」、「新天地」、「万博園」などのビルや、新しく開設された地下鉄など、上海は確実に世界のどの街にも劣らない国際都市である。ところが、ソフトの面(街の文化、庶民のマナー、サービスなど)から評価すれば、上海は世界の国際都市からほど遠い。殆どの分野で国際スタンダートと大きく離れている。勿論、筆者もグローバリゼーションによってローカル性を失わせることを主張しないが、完全なグロバールスタンダードには遥かに及ばず、また完全なローカル性もない、中途半端は一番嫌われる。

何故、ソフトとハードがこれほど離れているのか。

ご存知のように、経済さえ発展し、金さえ投入すれば、最新技術を瞬時に手に入れることができる。したがって、ハードのキャッチアップはそんなに難しいことではない。しかし、ソフトは昔と深いつながりをもっているため、コア技術の蓄積と同じく、培わなければならず、完全に模倣することはできない。経済発展の期間が短いと言われるかもしれないが、改革開放以来30年以上を過ぎている。世界の発展史にとって、瞬時に消え去る流れ星ほどの短さかもしれないが、一人の人生にとっては、30年は長い期間であり、一世代の人間が成長できる期間でもある。したがって、時間の問題だけではない。中国の歴史からみれば、かつて世界一の道徳、文明の国であった。それが継承されないのは、主に近代史150年近くの屈辱(外国侵略、鎖国)によって経済発展が遅れて、人々が自信を失い、貧しさによって人々の意識が変えられたことに原因があるのではないかと考える。

そもそも中国は“人治の国”であり、“法治の国”ではないと言われている。しかし、近年、法律やルールは驚くべきスピードで完備されつつある。問題は人々の意識である。ルールや法律があっても、殆ど守らない。現世代から次世代へ悪循環を続けている。逆にマナーやルールを守る人達は形式的だと見られている。それほど道徳観が喪失している。

私は、上海万博一年後の現在の文明的な態度の欠落、万博効果の喪失、ソフト面の欠落の原因は、人々の意識にあると考える。人々の意識を変えなければ、いくら豊かになっても、いつまで経っても、このままの状態が続くであろう。

中国は歴史と文明のある国であり、上海も歴史と文化のある都市である。今後、インターネットやテレビ、学校、家庭、NGO/NPOなどの様々メディア、諸機関を通して、法律やルールと合わせて、庶民のマナー教育を実施し、人々の意識を一新して、万博効果が長続きするようにできれば、上海市は物心ともに発展し、真に世界有数の国際都市になることができると期待する。

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<趙 長祥(ちょう・ちょうしょう)ZHAO Changxiang>
2006年一橋大学大学院商学研究科より商学博士号を取得。専門分野はイノベーションとエントルプルヌアシップ、コーポレートストラテジック。SGRA研究員。
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2011年9月21日配信