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エッセイ273:葉 文昌「アジア留学生受け入れについて」

皆さんこんにちは。
アジアの学生の受け入れについて私の考えを述べたいです。

最近のテレビでは幕末から明治維新までの歴史を描くドラマが流行のようです。おそらくそれは日本国内が、それぞれの藩に分かれていたものが外圧によって一つとなって、そして近代化に成功して日露戦争に勝利するまでの、このスケールではこれまでになかった痛快な歴史であったからだと思います。

明治維新で廃藩置県が起こり、各地の人材が中央や企業に結集し、十分なマンパワーの基盤の上で、今日に至るまで日本は競争力を維持してきました。もし九州、中国、近畿、関東、東北がそれぞれ別の国だったら、日本は今の日本にはなっていなかったのではないかと思います。

それらは遠い昔のことのようですが、スケールを更に大きくして今の世界を見ると同じことが起きていると私は思います。すでにEUは地域全体が国の体を成して、その中に藩がある江戸時代の状況に似ています。EUの廃藩置県が遠くない将来に起こるかと思います。これらの結果、世界競争の中で人材の高度化が求められる企業で、人材はより結集しやすくなってきています。

アメリカは、移民国家の体質を生かして世界の優秀な人材に門戸を開き、人材を吸い上げています。20%の人間が80%の富を作り出しているといいますが、アメリカは世界からその20%の中の更にトップの人材を掬い上げており、したがってアメリカの企業は人材の面でかなり優位になっています。テクノロジーを見るまでもなく、野球やサッカーを見ればわかります。人が集まる国のスポーツは面白く、吸い取られる側はつまらなくなっていきます。

一方でアジアはまだ戦国時代です。未だに隣家との垣根に育つ柿木の所有権で揉めています。アジアで最も進んでいる日本ではこの10年でやっと留学生受け入れ計画が受け入れられつつある状況になりました。それでもこの先、アジアの他地域の底上げと、人材の流動化を急いで行わなければ、人材を集める上でアジアの企業は不利になることが予想されます。

近隣諸国の中国、韓国や台湾が力をつければ日本にとって脅威になる、と考える方は少なくありません。技術の拡散を心配する方もいます。しかし地域の発展なくして一国の永続的な発展はありえません。また近隣諸国はライバルではあるが、それ以上にパートナーでもあります。周辺諸国が豊かになれば日本への消費は増えます。また技術に関して韓国、台湾のレベルが上がったことで、アジアでよい切磋琢磨の機会を作っています。だからもう少し広い目で見てもよい気がします。因みに技術流出は日本だけの問題ではありません。昔はアメリカから日本へ半導体技術が拡散したし、台湾でも中国への技術流出が今でも起きています。したがって技術拡散はやむを得ないことで、重要なのは従来の技術に拘るのではなく、技術は陳腐化するものと割り切って持続的に新しい事や物を創り出していくことだと思います。

したがって、人材の結集と近隣諸国の底上げの意味から、日本の大学が留学生を受け入れることについて私は賛成です。以前にどこかの私立大学が留学生を沢山とって問題になりましたが、それとは違います。それは商売の為の受け入れであったのに対して、私達はいい人材を育てるための受け入れです。そこでは国籍は関係なく、とにかくいい人材であればそれを受け入れて伸ばし、人材の消費者である企業に納入して満足いただければ大学の使命達成と言えます。

ここからは少し打算的な話になってしまいますが、国立大学は税金が投入されているから留学生はより多くの授業料を払うべきだ、と指摘する声があります。しかし今の留学生は仕送りで来る人も少なくありません。それで年間120万円の生活費が地元に消費される計算です。更に見方を変えれば、彼らが高校或いは大学を卒業するまでに母国は税金を費やしています。その彼らが日本企業にとって採用に値する人材に教育できたのであれば、日本の税金で賄った授業料は十分に取り返せたことになります。またたとえ彼らが帰国したとしても、彼らが母国の発展に寄与、又は日本と母国のパイプ役になれば、日本の税金で賄った授業料は価値あるものになります。

私は日本で博士号取得後に台湾に戻りました。台湾に戻った理由は台湾で初めての政権交替が実現し、国民が自分で国を動かせることに酔っていた部分もありますが、中国13億人と同じ言葉を持つ利点を利用して中国から優秀な人材を台湾に集めれば一大知識集約国家が実現できるとの考えもありました。しかし台湾でわかったことは、台湾の知識階級では、中国からの優秀な学生の受入れによって、台湾人の大学入学枠が減り、その結果税金で賄っている教育資源が中国本土の人に費やされると考えている人が圧倒的に多いということです。優秀な人が社会に創りだす価値は、彼らの給料よりも遥かに大きいことを理解していません。それに気づくのはまだまだ先のようです。そして人が集まらない場所は、先が見えてしまいます。

冒頭で述べたように明治維新では廃藩置県によって人材を中央に結集することができました。それから100年して社会はエネルギー消費量増大に伴ってスケールが大きくなりました。今、スケールを大きくして昔と同じことが求められています。今後のアジア地域の発展には、人材を結集させることと相互理解を進める必要があります。そのためにも私は近隣諸国の学生を積極的に受け入れることに賛成であります。そしてそれが結果的にも少子化への対策にもなるのです。

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<葉 文昌(よう・ぶんしょう) ☆ Yeh Wenchuang>
SGRA「環境とエネルギー」研究チーム研究員。2001年に東京工業大学を卒業後、台湾へ帰国。2001年、国立雲林科技大学助理教授、2002年、台湾科技大学助理教授、副教授。台湾での9年間では研究室を独自運営して薄膜トランジスタやシリコン太陽電池が作れる環境を整えた。2010年4月より島根大学電子制御システム工学科准教授。
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2010年12月8日配信