SGRAかわらばん

エッセイ272:マックス・マキト「社会システムの多様性を守ろう:マニラ・レポートinハノイ2010年秋」

ベトナム航空の機内では、発表用PPT資料の準備で必死だった。2010年10月28(木)日と29日(金)に、ハノイでIndustrial Agglomeration, Regional Integration and Durable Growth in East Asia(東アジアにおける産業集積、地域統合、耐久性のある成長)というテーマで、ハノイ貿易大学(FTU)と名古屋大学が共催した国際学会に参加させていただいた。この学会は「平川プロジェクト又は構想」と呼ばれるようになった、SGRA顧問の平川均教授の科研プロジェクトである。このプロジェクトの最後、そしてFTUと名大の提携を祝うイベントとして、今回の学会を開催することになった。

僕は平川先生と共著の論文を発表するのがその学会での唯一の役割だと思っていた。その論文は東アジアの経済的重心についての論文である。「East Asian Integration and Shared Growth: Some Preliminary Findings of a Center of Buoyancy Approach(東アジア統合と共有型生長:浮心アプローチからのいくつかの予備的発見)」というタイトルで、東アジアにおける経済活動の集積がいかに地域の不安定にも繋がるかを分析した。パラレルセッションにも関わらず、僕としては初めて満員になった会場で発表し、しかも、発表後にFTUの学生たちが積極的にレベルの高い質問・コメントをしてくれて、大変感動した。

しかし、学会の第1日目の夜に、SGRA会員でFTU出身のチーさんと会う日程を詰めていたときに、プログラムを良く見たら、翌日の最後のセッションで、僕は他の二人の先生たちと問題提起する役になっていることに初めて気づいた。確かに平川先生が、初日の朝食の時に、大先生たちの前で「最後のところで自由に発言してください」というようなことを言われていたが、冗談だと思ってあまり気にしていなかった。だが、先生は本気だった。緊急事態発生!最終日の朝、慌てて僕の話をPPTで整理した。その内容は大体下記のようになった。

今回の学会は大変めでたい。ハノイ貿易大学(FTU)50周年記念、ハノイ市1000年記念だけではなく、東アジアで開催中のいくつかの重要な国際会議とちょうど重なっている。その一つは、ちょうどハノイで開催されたASEANサミットやASEAN+3サミットである。この会議は政治や産業のリーダーたちを中心に開催され、その決議はきっと東アジアにおいて大きな影響を与えるだろう。

僕たちの学会はベトナムの名門大学=FTUと日本の一流大学=名古屋大学により開催されただけに、非政府や非営利分野にある私たちもASEANサミットに劣らない高い志を目指すべきだと思う。この数ヶ月間の準備やこの2日間の議論で生み出された知恵を生かして、東アジアにおける耐久性のある成長のための青写真を描き始めよう。

今、東アジアに開催されているもう一つ重要な会議は、名古屋で開かれた第10回締約国会議(Conference of Parties:COP10)であり、生物多様性がその最大のテーマである。「Changing Wealth of Nations」(変りつつある国の富)という今回の世界銀行の出版物では地球の生物多様性は44兆ドルの価値があると推定している。

今回のテーマである「東アジア地域における耐久性のある成長」は「東アジアにおける持続可能な制度的多様性(Institutional Diversity)」と解釈することを提案したい。(注:今回の学会のテーマ自体を環境問題に変えることを提案しているわけではない)東アジアは高い制度的多様性、つまり多様な社会システムを保っているが、グローバル化によりグローバル・スタンダード化の圧力がかかってきたゆえに、制度的多様性を失いかけている。

生物多様性と同様に、東アジアの制度的多様性は価値がある。
生物多様性と同様に、過剰な市場主義がついに制度的多様性を破壊している。
生物多様性の紛失と同様に、制度的多様性の紛失が経済的な損失を生み出す。(生物多様性の44兆ドルを軽く越えると思う)
生物多様性と同様に、制度的多様性を保つことが重要である。

では、生物多様性はどのように保てるのだろうか。その方法は沢山あるが、基本的原理は、適者生存(survival of the fittest)という、多様性に対して破壊的なダーウィンの進化論を差し止めることであろう。ある生物を消滅の危機から保護するために、人間の意図的な介入が必要である。これと同様に、社会システムの制度的多様性の紛失を阻止するために、破壊的な過剰市場主義を差し止めなければならない。(注:僕は共産主義者ではない。市場の競争原理がある程度必要だと思うが、それに協力原理も混じることが必要だと思う。)

つまり、生物多様性の保存のために一所懸命に戦っている環境科学者たちに負けないように、僕ら社会科学者も制度的多様性のために戦わなければならない。

欧米社会とは異なる制度を築いて独自の成長を遂げた日本は、東アジア全域の成長にも重要な役割を果たした。結果の如何を問わず、経済大国日本はこの重要な役割を今でも果たしており、これからも果たしていくはずだ。しかしながら、現在の日本の問題は、戦略がなく、自分自身の独自性を忘れて、少し間違っている方向に走っていることだ。実は、この間違っている方向を修正するヴィジョンは日本にある。より正しい方向に軌道修正するために、敢えて参考にしたいのは、日本人が提唱した2つのヴィジョンである。僕は、これを「時のヴィジョン」と「場のヴィジョン」と呼んでいる。両方とも、1930年代に日本で生まれたヴィジョンで、平川先生の研究対象でもある。「時のヴィジョン」というのは、赤松要の「雁行形態発展論」(完全版)である。このヴィジョンによると、ひとつの地域の全体が良い国際分業を達成できるようになる。(注:30年間も経済地理学を研究している中国の先生と学会の後に話す機会があったが、北京大学でも雁行形態発展論を教えているということだった。)「場のヴィジョン」というのは、鹿島守之助の「パン・アジア構想」である。この構想は鹿島が汎ヨーロッパ主義の推進者である、日本の血が流れているクーデンホーフ・カレルギーと出会って浮上した構想である。(注:名大の先生方との議論を参考にすると、制度多様性を以上のヴィジョンに整理するための原理が必要である。東アジアが世界の成長軸となるためには、協力の原理も重要である。僕は「多様性のなかの調和」がSGRAのモットーであることを指摘した。)

残念ながら、この2つのヴィジョンは日本の軍事的侵略(大東亜共栄圏)を連想させてしまう。しかし、僕は、この2つのヴィジョンは依然として有効であると思う。ただし強制的に実施するのではなく、協力(平川先生の言葉で「共同設計」[CO-DESIGN])の上で進められるべきである。あの戦争により泥だらけになってしまった2つのヴィジョン、その本質にあるダイアモンドを僕たちが再発見しなければならないと思う。東アジアにおける耐久性のある成長のために。

2度目のハノイ訪問だったが、今回ベトナム貿易大学の学生たちや先生方と出会い、世界遺産まで訪問できて、ベトナムの神秘的な活気に益々圧倒された。

※この機会をお借りして、次の方々に謝意を表したいと思います。
ハノイの美味しいCHACA料理(野菜+魚+ベトナム麺)をご馳走してくださったSGRA会員のチーさんと御嬢さんのマイさん。頭痛薬をくださったミャンマーのタンタンさんとその研究仲間の河合伸さん。素晴らしいハノイ学会に参加させてくださった平川均先生。
そして、学会に参加された以下の先生方(敬称略):
日本の先生方:Makoto Tawada, Ryuhei Okumura, Nobuyoshi Yamamori, Nobuki Sugita, Sadayuki Takii, Norio Tokumaru
ベトナムの先生方:Nguyen Din Tho, Nguyen Thi Bich Ha
中国の先生方:Jici Wang, Shion Kojo, Yi Ding
韓国の先生方:Choi Yong Ho, Um Chang Ok, Seo Jeoung-Hae
台湾の先生方:Ching-Ju Liu

————————–
<マックス・マキト ☆ Max Maquito>
SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。テンプル大学ジャパン講師。
————————–

2010年12月1日配信