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エッセイ168:林 泉忠「どうなる?転換期の日台関係」

先日、台湾の馬英九総統は、建国記念日に行われたスピーチにおいて、「台日特別パートナーシップ」の構築に言及した。五月の就任式の演説では日本との関係は言及されなかったが、今回、米台関係よりも重点的に言及されているだけに注目を浴びている。

 

いうまでもなく、馬英九は、6月に起きた台湾漁船「連合号」の衝突事件以降、停滞が続いた日台関係を意識したのである。

 

「連合号事件」は、台湾側の自制への転換、および日本側の陳謝と賠償の約束で解決したが、事件当初、台湾政府の対応と台湾社会の反応は日本社会を震撼させた。台湾政府要人の「一戦を辞さない」発言、そして報道やネット上での反日的言論が急増したからだ。

 

日本にとって、台湾が最も親日的近隣として認識されているだけに衝撃は大きかった。それだけに、事件後、日本の新聞も揃って日台関係を懸念する社説を次々と掲載した。

 

しかし、「連合号事件」はあくまで日台関係を停滞させた要因のひとつにすぎなかった。その背後には、中国への急接近を図る馬英九新政権の対日戦略が不透明だったこと、加えて、許世楷駐日代表辞任後、長い間、新代表の人選が難航し、日台関係の修復を先伸ばしにさせたことがある。

 

日本側の懸念をやっと理解した馬政権は、7月から、日台関係を決して軽視していない姿勢を次々と示した。

 

まず、馬英九は、自らを決して「反日家」ではない「知日家」としてアピールし、今度は一歩進んで「友日家」になる意思を表明した。また、「連合号事件」の直後に撤廃した台湾外交部(外務省相当)の下に置かれた「日本事務会」に代わって、各省庁連携で対日政策を検討する「日台関係作業会報」を発足させた。そして、9月になると、新しい日台関係の構築を訴える「台日特別パートナーシップ」を発表した。

 

しかし、転換期にある日台関係を構築するには、この対日新思考はいかなる役割を果たせるのか。

 

「台日特別パートナーシップ」が単に国交のない日台間の緊密な友好関係の実態を語るのみにとどまるのであれば、馬英九政権の日台関係重視への転換を示す以上のものはない。しかし、それを新しい日台関係を築くための戦略的指針として捉えてほしいのであれば、それを裏付ける中身が不可欠だ。それにあたり、日台新関係の中期目標として次の四点は重要視すべきであろう。

 

まず、日台間の交流関係を全面的に強化するためには、「連合号事件」の再発防止に向けた日台間の危機管理体制の確立が最重要課題になろう。確かに、国交のない日台間には米中間の「ホットライン」のような安保協力装置の設置は難しいが、係争地をめぐる衝突を含む緊急時の対応システムの検討は必要だ。

 

第二に、「台日特別パートナーシップ」を法的に保障する意味においても、日台関係の安定化を図るために、日中関係に悪影響を与えないよう注意を払いながら、米国内法に相当する日本版「台湾関係法」制定の可能性を積極的に検討する意味があろう。

 

第三に、駐日新代表の人選が難航した背景として、長年下野した国民党側における日台関係に熟知した人材の不足があった。安定した日台の信頼関係を維持するためには、対日外交の人材育成が急務だ。同時に、政権が交代しても野党系の知日派を引き続き重視してほしい。

 

第四に、日本側において中国接近を図る馬英九政権を懸念する声が高い背景には、近年、親台関係者に「反中」イメージの濃厚な人が集中していることが挙げられる。今回の台湾の政権交代を契機に、親台でも反中ではない、より健全な対中国および対台湾思考の転換が日本社会に求められている。

 

麻生内閣は首相自身を含めて18人が「日華議員懇談会」のメンバーである。これは、日台間の信頼関係を全面に回復する絶好の環境だ。この好機を逃さず、いかに中身のある「特別パートナーシップ」が構築できるか、今後も目が離せない。
 (2008年10月31日ハーバードより)

 

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<林 泉忠(リム・チュアンティオン)☆ John Chuan-tiong Lim>
国際政治専攻。中国で初等教育、香港で中等教育、そして日本で高等教育を受け、東京大学大学院法学研究科より博士号を取得。琉球大学法文学部准教授。4月より、ハーバード大学客員研究員としてボストン在住。
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