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エッセイ166:宋 剛「国貿:現代中国の縮図」

北京、否、中国でもっとも有名な大通りは長安街に他ならない。世界で名高い天安門広場はそのど真ん中に位置する。長安街にあり、天安門広場より約5キロ東にあるのがこのエッセイの舞台、中国国際貿易センターだ。

 

立地の優位性だけではない。「国貿」と略称されたこの地域は1990年に誕生したばかりであるが、高級オフィス、五つ星ホテル、トエッセイ166:宋 剛「国貿:現代中国の縮図」ップクラスのデパート、大型展示場の総合体で、歴史的背景を考えずに言ってみれば、まるで丸の内ビル、帝国ホテル、銀座和光、東京国際フォーラムを一つのエリアに網羅したようなものだ!しかも、敷地面積54万㎡。主建築の高さが330mの第三期建設は進行中だ。ちなみに、留学生活の6年間、筆者は東京国際フォーラムに行ってもam/pmにしか入ったことがなかった。

 

今回、筆者は正々堂々と「国貿」の展示場の前に立った。胸を張りながら、400メートルに及ぶ長蛇の列の横を通り、開場の30分前に中に入った。現在所属する大学が今年の北京国際留学フェアに参加して、「手伝え」と呼んでくれたからだ。「関係者」という肩書きはいかにも実用的である。下働きだとしても。

 

北京最大規模の海外留学の宣伝イベントには、日本も含め、30以上の国と地域から、600あまりの大学が出展し、2日間の入場者数は10万人を超えると予想された。去年は8万人だったという。

 

 
世界金融危機の最中なのに海外留学は人気があるのだろうか?そんな心配は「国貿」の入口が開いた瞬間に一掃された。30分前よりずっと膨らんだ長蛇が中に飛び込んだ。「200万元用意した、大学四年間で足りる?」「ドル安だから、学費が割引になってるみたい!」「一人息子だから、いくらでも払う!」金融危機はここですっかり姿を消した、というか、中国の「神武景気」が来た印象さえ受けた。

 

 
用意したすべてのパンフレットは一日でなくなってしまった。仕事を終えて、せっかくだからトップクラスのデパートにでも行ってみようかと思った。

 

 
「国貿」の展示場とデパートは同じ構内にあるが、出入口は別である。GUCCIとCHANELの専門店に挟まれたデパートの入口から入ると、海外留学の経験者であり、下働きながらも「関係者」という誇りは微塵も残らなかった。日本でも入ったことのなかったブランド品専門店がここで顔を揃えている。名前を知らない店も多数ある。ショーウィンドーを通り過ぎるふりをして値札を覗き見したら、目玉が飛び出てしまい、しばらく元に戻らなかった。空が再び金融危機の影に覆われた。筆者一人の頭上の空だけだが。

 

 
「やっぱり北京だ、ものが多いな」「あっちにも行ってみよう」四川方言の濃い男女だ。地方の人もわざわざここへショックを受けに来たのか。都会育ちとしての自負心が湧いてきた。が、その手に持ったものをふと見ると、残されたわずかなプライドもどこかに吹っ飛んじゃった。Louis Vuittonのスーツケースとキャリーバッグだった。二人の後姿を満面の笑みで店外まで見送る店員がいた。

 

 
これ以上もう堪られない。いっそ帰ってしまうことにした。「国貿」の地下二階は地下鉄の駅だ。この駅を利用する出稼ぎ労働者がなぜか多いという。日が暮れる直前だが、照明はまだ灯されていない。幸い、上と下をつなぐ薄暗い通路は意外と短かった。

 

 
ホームに入ると、いきなりよどんだ空気に包まれ、鼻を刺激する臭いもした。そして農民のような格好をした三、四人が重たそうな大きな荷物を背負っている姿が目に入った。何週間も洗っていなさそうな髪の毛に、油のしみが付いている服。別の場所で待とうかと躊躇している間に、入口の方から騒ぎ声が聞こえてきた。ヘルメットを着用している人たちだ。どうやら「国貿」第三期の現場から仕事が引けた労働者らしい。「毎日白菜ばっかりだ」「女房がいたらなぁ」ホームは賑やかになった。

 

地下鉄の中で、筆者はこう思った。「国貿」はあたかも現代中国の縮図のようだ。外見は先進国を今にも凌駕しそうに立派になりつつある。中の人々も世界に目を向けようとしている。しかし、この繁栄を支えている人が全員その成果を享受しているとは限らない。そして、教育レベルにしても、社会的地位にしても、決定的なのはほかならぬ金となった。金があれば何でも出来るというほどでもない。けれども、金がなければ、知識があっても、身長があっても(筆者自身新たな誇り発見!)、微笑んでお辞儀をしてくれる人もいないし、将来子供に海外留学をさせることも出来ない。こうした思いで、人生の歯車を狂わせてしまった人はきっと少なくないだろう。

 

 
とにかく、地上と地下は紙一重だが、別世界である「国貿」は面白いところだ。

 

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 <宋 剛 (そー・ごー)☆ Song Gang>
中国北京聯合大学日本語科を卒業後、2002年に日本へ留学、桜美林大学環太平洋地域文化専攻修士、現在桜美林大学環太平洋地域文化専攻博士課程在学中。中国瀋陽師範大学日本研究所客員研究員。10月より北京外国語大学日本語学部非常勤講師。SGRA会員。
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