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エッセイ159:玄 承洙 「ウズベキスタンの韓流ブーム」

今年の7月、ウズベキスタンに行ってきた。今年の4月まで私が勤めていた韓国外語大の中央アジア研究所とウズベキスタンの識者グループが夏に共同でセミナーを開くことになっていたため、夏の休暇を利用してウズベキスタン入りをしたのである。セミナーはタシュケントにあるウズベキスタン国立大学の一室で行われたが、それほど密度のある学術交流とまではいえず、少し気の抜けた感じのものであった。私は中央アジアのイスラーム、特にイスラーム原理主義や過激派、テロリズムなどを専門にしているが、現地ではこれらの話題を口にすること自体が禁忌とされたため、がっかりした。また、ウズベキスタン大統領の宗教政策の成功事例ばかりを羅列する向こう側の学者たちには正直あきれたものである。しかし、セミナーが終わってからはウズベキスタンの主要都市を周りながら、自分なりのフィールドワークができたことを感謝している。コースは首都タシュケントからブハーラ、サマルカンド、ヒーヴァとウズベキスタンの中央部と南西部を一周するルートであった。摂氏40度を越える酷暑のなかを、クーラーもついていない小型車で毎日6時間以上走るというハードな旅程であったが、現地のモスクを訪問しイスラーム教徒たちの素直な声を聞くことができた。

 

ところで、いまだ韓国では「ウズベキスタン」というと、「あ〜ウクライナね」という返事が返ってくることが多い。せめてウズベキスタンという国名を正確に言える人も、十中八九はあの国がどこにあるのかよくわからない。「スタン」で終わる国は貧乏な国、イスラーム色が強い国、どこか怖いイメージがするという人も多い。韓国ではあまりウズベキスタンのことは知られていないのである。

 

だが、ウズベキスタンでは事情は正反対である。まず首都タシュケントをはじめあの国のほぼ全域で道路は韓国車で溢れかえっている。今韓国では没落した財閥企業の代名詞となっている「デウ」の車である。デウはソ連邦崩壊後、ロシアの支配から抜け出して新しい独立共和国を創り始めていた中央アジアのスタン五カ国に速やかに進出を図った。なかでもウズベキスタンでデウの活躍は眩しく、現地に自動車工場をつくるまでに成長した。その結果、ウズベキスタンで走る自動車の約9割はデウの車が占めるようになった。しかし90年代末、デウ自動車は破産してしまった。海外で無理に事業を拡張していたことが原因とされる。ウズベキスタンで稼働していた自動車工場も閉鎖される危機に直面した。幸いにも、ウズベキスタン政府がこれらの工場を買い入れたおかげで、工場は運営を続けることができた。ただ、もはやそこで作られる車はデウ製ではなくなった。ブランドはデウであってもウズベキスタンの車である。しかしウズベキスタンの人たちはデウが韓国の車だということをみんなよく知っている。それゆえ、タクシーに乗ったら運転手から韓国車の褒め言葉で耳が痛くなることを覚悟しなければならない。

 

またウズベキスタンで「韓流」を実感することもできた。旅行中現地の市場でぶらぶらと歩くことが大好きな私であるが、市場にいったら現地の人々から「ジュモン」という言葉でよく声をかけられた。最初はそれが何を意味するのかわからなかったが、ある子供が写真を見せながら「ジュモン」、「ジュモン」と言った途端、それが昨年韓国で大人気を集めた時代劇のタイトルだということがわかったのである。事情はこの国の最西端にある古都ヒーヴァでも同じである。そこで偶然出会った現地の大学生は「『ジュモン』は子供向けの幼稚なドラマだが、ベ・ヨンジュン主演の「冬の恋歌」は秀作だ。あのドラマはウズベキスタンでもう6回も再放映され、その度に視聴率は60パーセントを記録している。僕もあのドラマを観てから人生が変わったんだ。必ず韓国にいく。」とまで言ったのである。日本でもヨン様ブームを巻き起こしたあの「冬ソナ」のことである。

 

ウズベキスタン第二の都市でこれまたシルクロードの古都でもあるサマルカンドでは街のいたるところで韓国語が聞こえてくる。それも現地の商人が客引きをするために片言で話す韓国語ではない。すばらしい発音とイントネーションはもちろん、今韓国で流行っている流行語なども混じった流暢な韓国語である。彼らに聞くと、韓国で3年以上働いた経験のある人がほとんどである。実はいま韓国ではウズベキスタンから出稼ぎに来ているウズベク人労働者が非常に多い。彼らのほとんどはソウル周辺の工場などで働いているが、3年くらい働くと結構大きなカネを稼いで国に帰ることができるという。さらにウズベク人女性が韓国人男性と結婚して韓国で住み着くケースも増えているようである。この国では韓国は夢を実現する地として知られているらしい。

 

こうした韓流ブームには、当然であるが、問題も付きまとう。ウズベキスタンにはあまり興味を示さない韓国人だが、例外の人たちがいる。キリスト教の猛烈信者たちである。夏の観光シーズンになるとソウルからタシュケントまでの航空便がよく満席になったり、チャーター便ができたりするが、それはウズベキスタンに行く韓国人のキリスト教宣教団が急増するからだという。韓国の大型キリスト教会は、だいたい、中央アジア、なかでもイスラーム色の最も強いウズベキスタンで活発な宣教活動を展開している。彼らが現地で様々な問題を起こし、現地警察に摘発されて追放されるケースも増えているという。真偽のほどは確かではないが、ウズベキスタンのイスラム・カリモフ大統領がつい最近「もうこれ以上、ウズベキスタンを外来宗教のゴミ捨て場にはさせない」と警告したようであるが、それは韓国の宣教団に当てた警告であるらしい。アフガニスタンでも韓国人宣教団がターリバーンに人質にされ物議を醸した事件があったが、同胞たちの自制を願いたい。

 

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<玄承洙(ヒョン・スンス)☆ Seungsoo HYUN>
2007年東京大学総合文化研究科より博士学位取得(博論は『チェチェン紛争とイスラーム』)。専門はロシア及び中央ユーラシアのイスラーム主義過激派問題。韓国外国語大学中央アジア研究所勤務の後、2008年4月より国会議員李相得政策特別補佐官。SGRA会員。
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