SGRAかわらばん

エッセイ144:シム チュン キャット「ところでシンガポール人は何語を喋るの?」

 

外国で僕はよくタイトルのような問いを受けます。そしてこの問いに対して僕はいつも「ばらばらです」と答えます。

 

「あれっ?英語じゃないの?」と思う人もいるかもしれませんが、まあ、とりあえず僕の説明を聞いてください。

 

日本人なら日本語、タイ人ならタイ語、イタリア人ならイタリア語、イギリス人なら英語…という図式がまずシンガポールには当てはまらないのです。そもそも「シンガポール語」という言葉が存在しません。中国系76%、マレー系14%、インド系8%とそのほかの民族からなる多民族国家シンガポールでは、三世代も遡れば国民のほとんどのおじいさんとおばあさんは、より豊かな生活を求めて遥々中国やインドと周りの国々からやってきた移民たちばかりなのです。もともとの出身地がばらばらであるために、言葉ももちろんばらばらです。しかも、多くの移民が中国とインドのような「場所が変われば言葉も変わる」という「方言大国」から来ているゆえ、言葉の問題はなおさら複雑になっていきます。たとえば、一言「シンガポールの中国系」といっても、福建系、広東系、海南系、客家系、上海系…などという非中国系でもわかるような違いもさることながら、同じ福建系でも福州系、福清系、南安系、アモイ系、安渓系…などにさらに枝分かれして、同じ福建語といってもそれぞれ微妙に違ってきます。ちなみに、僕は福建系の安渓系です。もっとも残念なことに、福建語でさえろくに喋れない僕のような世代のシンガポール人にとって、その「何々系」が何の意味をなすのかもまったくわからなくなりましたが。

 

とにかくこのような背景があったため、独立した1965年当時、シンガポールはまさに「言葉のデパート」状態だったのです。それゆえに、まず北京語を中国系同士の標準語にし、そのうえで英語をシンガポール人同士の共通語にする必要があったのです。ただ、そこまでしていても、今でさえシンガポールの公用語(英語、北京語、マレー語、タミル語)が四つもあるわけですから、おじいさん・おばあさんの言葉である方言の衰退によって文化の継承が損なわれるといわれてもやむを得ませんでした。

 

そして自然な流れとして、教育制度に二言語政策が導入されました。中国系なら北京語と英語を、マレー系ならマレー語と英語を、インド系ならタミル語と英語を学校で学ぶことになったわけです。このバイリンガル教育は一見したところ合理的なやり方ではありますが、こんな政策を取り入れればこんな成果が得られるという保証がないのが教育の世界の常です。シンガポールの二言語政策の何が一番問題だったのかというと、たとえばマジョリティを占める中国系の場合、独立した当時、大多数にとっては北京語も英語も母語ではなかったということです。識字率もそれほど高くない時代だったので、多くの人々にとっては学校でいきなり並行(もしくは閉口)して二つの言語を学ばなければならなかったのです。そして言うまでもなく、言葉の勉強だけでも大変だったのですから、学業についていけない子どもが続出しました。当時の政府レポートによれば、70年代の半ばになっても、シンガポールの小学校と中学校における平均中退率がそれぞれ29%と36%にものぼり、高校進学率については14%という非常に低いレベルにとどまっていました。問題の根源は、二言語政策が強化されるなかで、なんと85%もの子どもが家で話されない言葉で学校の授業を受けることになり、そのため多くの生徒が進級できず、学校を中退せざるを得なくなったことにあると同レポートは報告しました。小中学校の中退者はいわば教育の「浪費」(wastage)であるとされ、そのような「浪費」を解消するためには二つの方法しか考えられませんでした。一つはどこかの国みたいに教育に「ゆとり」をもたらすべくカリキュラム全般を簡易化すること、もう一つは潜在的中退者の異なる能力に合わせたコースを設置することでした。エリートの育成を国策の柱としてきたシンガポール政府が選んだ道は言わずもがな後者でした。こうして小学校の生徒を主に言語能力別に振り分ける三線分流型のトラッキング制度が1979年に初めてシンガポールで登場したわけであります。したがって、小学校から始まるシンガポールのトラッキング制度は、旧宗主国だったイギリスの一昔前の「11才試験」(11-plus examination)を受け継いだのではなく、二言語政策を徹底させたことが発端でした。

 

さて、家庭の言語環境が大きく異なるうえ、能力によって学校で習う言語のレベルも違ってくるのですから、同じ英語、同じ北京語、同じタミル語、同じマレー語といっても人によって上手・下手があるのは当然です。さらに世代が違えば、教育制度や生まれ育ちの違いから、言語能力の上手・下手はよりいっそう顕著になります。そのため、シンガポール人同士で喋るときでも、TPOはもちろん、相手の人種、職業、年齢などまでも考慮に入れて言葉を選ぶのが粋なシンガポール人というものです。もっとも、このようなコードスイッチング、つまり言葉を使い分ける能力についても、環境や教育による分化と世代間による差異のせいもあってシンガポール人なら誰でも身についているわけではありません。したがって、外国人にとってそのときそのとき接するシンガポール人によってシンガポールに対するイメージも大きく変わってくるはずです。なぜなら、同じシンガポールでも人種が違う場合もあれば、話す言葉もその言葉の上手さもばらばらなのですから。冒頭で、タイトルの問いに対して僕が「ばらばら」と答えたのはそのためです。そしてこのように「ばらばら」で多様性に富むシンガポールが僕は好きです。

 

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<シム チュン キャット☆ Sim Choon Kiat>
シンガポール教育省・技術教育局の政策企画官などを経て、2008年東京大学教育学研究科博士課程修了、博士号(教育学)を取得。現在は、日本学術振興会の外国人特別研究員として同研究科で研究を継続中。SGRA研究員。
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