SGRAかわらばん

 

■李 鋼哲「SGRAの皆さんへ」

 

今度の聖火リレーを巡る中国の動き、海外中国人の動き、海外メディアの反応、海外市民の反応を見て、自分なりのスタンスを考えていたが、私にとっては複雑な問題であり、どちらが正しくどちらが間違っているか、という次元ではなかなか答えを見出せなかった。それが、日本の長野聖火リレー、韓国ソウルでの聖火リレーを巡るいろいろの動きを観察することで、一つ自分なりの結論を見出すことができた。

 

1)北京五輪は全世界のオリンピック大会であり、中国の五輪ではないことを認識すべきである。

 

国際オリンピック大会を催す場所として北京が選ばれたのであり、聖火リレーは世界の人々の心を、五輪を通じてつなぐという立派な催しである。それがパリであっても、長野であっても、ソウルであっても、中国人のための物ではないということである。それに反対する、または人権問題を理由で妨害する行動やマスメディアの報道も基本的な視点を欠いていると思わざるを得ない。同じような視点で考えると、聖火リレーを守るために、中国政府が警察学校の生徒まで派遣する仕草には問題があり、海外にいる中国人たちが(留学生が主体?)聖火リレーを守るために活動をしているのも問題がある。つまり、海外で聖火リレーを行う国では聖火を守ることができないの
で、中国人が立ち上がったという、二極対立の構図を世界各国でメディアを通じて造り上げたようなことではないか。

 

私が所属する北陸大学や金沢大学からも100名以上の学生がバスをチャーターして長野に行ってきた。彼らは自発的に動いたのではなく、東京に本部がある中国人留学生総会の呼びかけで動いたのである。誰が呼びかけたかはさておいて、問題は、彼らは何のために呼びかけ、何のために行ったのかである。基本的な意識は「聖火」を護るということである。私は組織者代表たちとお会いしたとき、このように助言した。「貴方たちが聖火を守るために長野に行くという認識は正しくない。なぜなら聖火は世界人民の聖火であり中国のものではないからだ。仮にそれに反対したり、破壊したりする人がいても、それを護るのは日本政府(警察)であり、日本国民である。聖火リレーに参加するランナーも全員日本人である。貴方たちが取るべき態度は聖火を声援することにつきる」。組織者の代表は熱心にノートし肯いていた。聖火リレーを応援に行く留学生たちの安全のための事前会合であったが、皆さんが無事で帰ってきて、ほっとした。

 

今度の聖火リレーでは、それが世界人民のためのフェスティバルであるという意義に対する認識とPRが不足したために、結果的には、中国と国際社会の溝や対立を深める始末になったのである。もしこの催しが失敗だとしたら、その失政は国際オリンピック委員会の失政であり、中国オリンピック委員会の失政である。また、それを企画した中国政府も誤算だったかも知れない。逆の効果が大きかったからだ。もちろん、それをもたらしたきっかけはチベット暴動であるに違いない。

 

もし、人々が地球市民という意識が多少あるならば、このような事態は起こらなかったかも知れない。SGRAの役割がますます重要になってくると思われる。

 

2)聖火リレーとチベット問題は分けて見るべきである。

 

聖火リレーの妨害事件が起こったきっかけは紛れもなくチベット暴動であり、その背景には中国の台頭に対する「脅威論」が潜んでいることも想像に難くない。中国が人権問題、民族問題を抱えているのは否定しがたいが、だからといって、世界人民の平和祭典の一つであるオリンピック行事を妨害したり、破壊したりすることは、非難されるべき行為であり、違法行為をしたものは法律により厳罰を受けるべきである。もし、中国の人権問題、民族問題に対して抗議するのであれば、手段と機会は別にいくらでもある。オリンピック聖火を破壊、妨害しようとする行為は、理性的な行動であると思われないし、世界平和に対する冒涜であるとしか思えない。

 

チベット人の人権のために行ったと理屈を言うかも知れないが、その人たちがチベット問題に対してどれくらいの知識と理解があるのか。長野で逮捕された数人は、本当にチベットのことを理解して、人生を賭けてチベット人のために戦う覚悟がある人たちであるのか。到底そうは思えない。感情に訴えて、ストレス解消のために暴れる「ちんぴら」にしか思えない。なぜかというと、チベット人の参加者は誰もそのような違法行動に訴えなかったこととは対照的であるからだ。

 

3)チベット問題は客観的な視点で見るべきである。

 

チベット問題は、中国にとって敏感な問題であり、「チベット独立」となると絶対容認できない領土主権問題である。しかし、中国政府や中国民衆のチベット問題に対する態度は硬直的で、感情的(ナショナリズム的)なものであり、対外的に説得力が乏しいものであると思われる。最近、「人民日報」(海外版)にはチベットが歴史的に中国であったという論文が連載されているが、歴史的事実を述べた部分もあるが、それはあくまでも前提が「チベットは中国の領土である」というもので、論理的・客観的な結論とは到底思えない。もちろん、私は現在「チベットの独立」を支持するという意味ではない。ましてや亡命政府のダライラマも「独立を望んでいるのではなく、高度の自治を望んでいる」というのに。私が言いたいのは、歴史真実を隠そうとすることは世界から中国不信感を招くだけということだ。

 

中国政府が「チベットは中国の領土」という理由は二つある。一つは、歴史的に中国とチベットは冊封関係があったこと、もう一つは、中国共産党はチベットを奴隷社会から解放してチベット人に幸福を与えたということである。ところが、私が調べたところ、チベットは歴史的にずっと中国の一部であったということは事実とは大きくかけ離れている。中国がチベットを支配したのは清朝の時からであり、中華民国の国民党政権の時は支配が及んでいなかった。だからこそ、共産党中国は解放軍をチベットに派遣して支配を確立する必要があったのである。

 

もう一つの「チベットを奴隷社会から解放したから、チベット人は感謝している」というような中国人の主張は、外国の侵略や支配を受けた経験のある中国人としては、冷静に考えて言うべきものであろう。旧満州地域が日本に支配されて近代的な産業やインフラが発達したからといって、それが良かったというのは日本の右翼である。イギリスが香港を占領支配して、貧しい香港から豊かな香港を造ったから、イギリスに感謝しろと中国人に言ったら、誰もが、それは植民地支配であり、香港は奪還すべきものであったと思うのではないか。社会や経済が以前より発展したとしても、一つの民族が他の民族に支配されるような構造は、支配される民族側から見ると不公平であり、受け入れ難いことである。中国人(漢民族)は懐が深いから、チベット民族を含む中国の少数民族のそうした気持ちを理解すべきであり、その上でもっと合理的な政策や制度を考案する努力を注ぐべきである。イラクが独裁国家だからアメリカが軍隊を派遣して独裁から解放し、民主主義国家で豊かな国家を作ったとしても、イラク人の多数は快く思わないだろう。それに対して中国人はどう見ているだろうか。言うまでもなく、アメリカの覇権主義・帝国主義だと思うに違いない。「チベットは中国の領土である」というネティズン世論のほとんどが感情論であり、チベットの歴史を客観的な知識として知ろうとするものではないことが、林泉忠先生のブログ(註)に対するコメントからもよくわかる。

 

チベット問題がたびたび起こり(1989年にも暴動が起こっている)、国際的な関心を呼んでいるのは、中国の民族政策に問題があるからではないか。今度の事件をきっかけに、中国は民族問題や民族政策を根本から考え直す必要があるのではないか。武力と多数の論理で、中国の多民族国家の永久の安定を保つことは、恐らく長続きできないだろう。今の時点で、中国人皆さんに、客観的で冷静な観点でチベット問題を見るべきだと言っても、現実的には無理であり、誰も受け入れようとしないだろう。

 

だからこそ地球市民を目指すSGRAの皆さんに、自分の考えを伝えるのは価値があると思い、以上短見を述べた次第である。

 

(註)SGRA研究員の林泉忠さんのブログが下記よりご覧いただけます。(SGRA事務局)
http://blog.ifeng.com/1305287.html

 

 

■(匿名投稿)

 

観客が聖火走者を見ることができないような聖火リレーなら止めたほうがいい。
私の提案:国立競技場のような大きな競技場で、走者一人ずつ1周廻る聖火リレーにすれば、観客は全部の走者を観ることができる。ウエアもお揃いのではなく、自身のウエアのほうがいい。お金もかからない。

 

 

■(匿名投稿)

 

SGRAの「聖火リレーは続けるべきでしょうか」を拝読させていただきました。私の感想を少し書かせていただきます。

 

中国人として、今回の聖火リレー妨害活動は心が痛みます。我々のような海外にいる中国人は、外国の文化や考え方をよく理解できるので、母国を擁護する一方、外国人の立場にも立って、もっと中国の難しさを理解してもらう責任があるではないでしょうか。

 

今の中国は、農村と都市部の経済格差、教育格差等の様々な問題を抱えています。これから経済成長とともに、民主化を進めていく過程で、現状ではどうしても中央集権でないと解決できない問題が山ほどあります。かつて日本の高度成長期も同じような難問を抱えながら、現在の経済大国まで成長したのと同じように、現在の中国も大変難しい時代に差し掛かっています。

 

今回の聖火リレー問題は、民主化が進んでいる欧米先進国からみれば、中国国内における民主化(特に報道の自由化)が進まない限り、外部の人々(一部の中国人も含む)は聖火リレーを妨害するような極端な手段をとるしかないと考えているのかもしれません。

 

21世紀に入って、中国やイスラムの台頭に伴い、アメリカやヨーロッパを中心とする大国が大きな脅威を感じているかもしれません。イラク戦争など、まさに文化と文明の衝突の時代に突入しています。文明の衝突だからこそ、対話によって相互の利害関係を緩和・解決する努力がもっと必要であると思います。そういう意味で、SGRAの活動はすばらしいと思います。

 

2008年4月29日の日本経済新聞に「中国のナショナリズム台頭:欧米メディアが分析、知識層にも猛烈に拡大」という記事が掲載されました。私は健全なナショナリズムが必要だし、それこそ中国の民主化を推進させる原動力であると考えています。