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エッセイ102:太田美行「私の残業物語」

先日長めの残業をした。午後5時半に始まった会議が翌朝2時まで続いたのだ。その後軽く打ち合わせがあり、退社は午前3時。夕飯、休憩なし。もちろん数時間後には始業時間なので自宅で軽く仮眠をとった後に出社。さすがにこんなに残業時間が長いことは普段ないが、でも長い。自宅の机の上には『定時に帰る仕事術』と『WORK AND LIFE BALANCE』の本。どうも実践できておらず、本のタイトルを見てため息。

 

これまで学生時代のアルバイトを含め、複数の業界で仕事をしてきた。会社により残業のスタイルもかなり違う。単に会社の規模や仕事内容だけの問題でなく、背後にある社員に対する考え方や、給料体制など色々な背景事情が関係しているのがわかる。例えばA社では頻繁に午後10時位まで残業があるが、その代わりラーメンや弁当などの夜食が出される。仕事も楽しいので終電で帰宅しても少し疲れたと思うくらい。B社では残業は一切なく、残業させる時には「今日は30分ほど残業してもらえる?」と聞かれた上で残業を行う。1時間以上の残業はほぼゼロ。社長が残業代に大変厳しい人だったので就業時間内に終わらせることが最優先。終わらなければ社長がその分の仕事をするか、翌日へ持ち越し。C社(日本語学校)では残業代が一切支給されないが、皆残業が当たり前。自宅でも皆仕事をする。私も授業の準備のため、よく机にうつ伏せになったまま朝まで寝ていた。ヨーロッパ企業のD社では「ワークバランス」を標榜しており、残業は好まれない。どれが良くてどれが悪いかは、その人のポジションによっても違うので一概には言えない。

 

面白いのは、この中でつらかったと感じる原因が、単純に仕事量の多さではなかったことだ。自分のしている仕事が活かされていることが見える時は、自分の仕事が全体の中でどれほどに小さくてもやりがいを感じる。逆に先が見えなかったり、仕事の意味が見えなかったりすると疲れもひどく感じる。

 

日本語教師をしていた時は睡眠時間が3時間くらいしかない時が度々あったが、「新人教師はこんなものだろう」と、あまりつらく感じなかった。周囲の教師も指導法や文法などで行き詰まると互いに相談や議論をして元気が良かった。もちろん生徒がおしゃべりをして授業をまったく聞かない時と、先輩であるベテラン教師に「授業の準備があるから布団に入って寝たことなんてないわよ」と言われた時は疲れが雪崩のように押し寄せてきたが。(これを読んで思い当たる節のある元日本語学校の生徒は大いに反省して下さい)

 

D社は「ワークバランス」を掲げており、自分の裁量に任されていて大変良かったが、現状に危機感を持つ「ローカルスタッフ=日本人」がいつも残業する結果になってしまう。ある時、一緒に仕事をしていたある人(ヨーロッパ出身)による仕事の押し付けが激しく、残業の日が続いた。多少の皮肉も込めて、「昨日は会社に泊り込んで仕事をした」と話したらヨーロッパの人の反応は私の予想をはるかに超えるものだった。「これは大問題だ!」「まあ何てこと!」「日本の悪い習慣がここにまで!だから日本企業は駄目なのよ」「いいえ、あなたがこうした事を問題にしたくないのはわかるけれど、これはみんなで解決すべき問題です。さっそく会議にかけなければ」と大騒ぎになった。

 

「そんなに残業を問題視するなら、自分の仕事をきちんとやってよね。私も好きで残業しているわけでもないし」と思いつつも、問題にしたくない旨を伝えた。しかしその場にいた“親切な人”が「日本人の上司にだから彼女は言えないに違いない。自分の上司(イギリス人)から彼女の上司に言ってもらおう」と勝手に判断し、その通りに行動した。

 

数日後、私の上司から「事実確認」の電話が入り、そして何事もなく終わった。仕事量が減ったわけでも、残業禁止令が出たわけでもない。もちろん仕事の押し付けがなくなったわけでもなかった。

 

仕事量はともかく、この件では国による考え方と表現の違いを示す一つ面白いエピソードがあった。「会社に泊まりこんだ」ことを話した時、その“親切な人”は休みを取らせようとして「あなたがいなくても会社は動きます」と言った。大変微妙な響きのあるコメントで、たぶん日本人にとっては「あなたの存在は大したものではない。あなたは会社の歯車に過ぎません」と聞こえる可能性もある表現。もちろんその人が大変良い人で、親切心から「休みを取りなさい」と言ってくれたことを知っていたので、誤解はしなかったが、もし信頼関係ができる前に今の言葉を聞いたら、きっと会社の屋上に上って「私は会社の歯車なの~~~~~!?死んでやる~~~」と絶叫していたに違いない。その後「『あなたがいなくても会社は動きます』と言われたらどう思う?」と周囲の日本人に聞いたら次のような答えが返ってきた。
「・・・(しばらく沈黙の後)きついですね」
「そんな事言われたら、言ってる奴の首を絞めてやる」

 

こうした数々の出来事を経験して今日がある。この原稿を書いている間に現在勤めている会社の社長と上司から呼ばれ、残業についての話し合いがあった。何が問題なのか、仕事量を減らすために会社ができることはないのかを話し合った。大変前向きな話でほっとしている。だからといって仕事量がずっと楽なままではないだろうが。こうして私のライフ・ワーク・バランスを考える日々はまだまだ続く。

 

皆さんの国の残業事情はどうですか?

 

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<太田美行☆おおた・みゆき>
1973年東京都出身。中央大学大学院 総合政策研究科修士課程修了。シンクタンク、日本語教育、流通業を経て現在都内にある経営・事業戦略コンサルティング会社に勤務。著作に「多文化社会に向けたハードとソフトの動き」桂木隆夫(編)『ことばと共生』第8章(三元社)2003年。
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