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エッセイ012:オリガ・ホメンコ 「ウクライナのイメージとチェルノブイリ:ウクライナ人は何を恐れているのか」

今年の8月、ウィーンに住む友人が、東京に住む彼女の友人と一緒にウクライナに遊びに来ると言ってきた。丁度ひまわりが咲いてきれいなので是非それも見たいということだった。二人はウィーンで会って、オーストリア航空でキエフに到着する予定だった。しかし、その日に飛行場に迎えに行ったら、一人だけだった。「お友達はどうしたの?」と聞いたら、「ウクライナはチェルノブイリがあるでしょ。ちょうど今年20周年なので日本でいろいろ報道され、回りの人から『あんな危ないところには行かない方が良い』と言われたらしい。最後まで迷って、ウィーンまでは来たけど、キエフには行かないと決めたので、私は一人で来ました」と言うので驚いた。それから外国から見たウクライナのイメージ、特にチェルノブイリ原発事故に関わる印象について考えた。

 

確かにキエフから80キロしか離れてない所にチェルノブイリがある。昔も今も場所は変わらない。事故当時、そんなに近いからとても不安だった。事故の後、雨が降り、風が吹いた。あの時の風は北のベラルーシの方向に吹いていた。変な話だが、キエフは運が良かったのだ。もし、あの時の風向きが逆だったら、あの事故の影響はもっと大きかっただろう。80キロしか離れていないので、キエフの人々はいつも気になり不安を感じている。しかしながら、長い間ずっと不安になっていると、結局その状態に慣れてしまって、気にならなくなってしまうことも多い。もちろん、時々思い出して、最近の調査結果を見たりするが、20年前のように怖くはない。

 

キエフの人やウクライナ人にとって怖いものはたくさんある。今月の世論調査の結果によれば、今のウクライナ人が一番怖いのは仕事を失うこと。二番目は病気になること。三番目はパートナーに裏切られること。その後が政治不安で、最後の10番目がチェルノブイリ事故の影響になっている。つまり、この調査がウクライナのものとわからなければ、どこの国にも当てはめることが出来るような結果なのだ。

 

といっても、チェルノブイリのことが気にならないわけではない。毎年4月のあの事故の記念日が近づくと、また漏れだしたではないかといううわさが必ず流れる。もう誰を信じればいいか分からないから、何人かの友人は、放射線を計る機械を手に入れて、時々確認している。

 

でも多くの人たちは、厳しい経済状況で生きることに精一杯なので、昔のことを気にしていられないのかもしれない。あるいは、たくさん情報が入ってくると耳にたこができて、聞こえなくなったのかもしれない。そのことばかり聞かされるのでうんざりして、無意識のうちに聞かなくなっているのかもしれない。

 

だが気にしないと言っている私でも気をつけていることがある。それは国産のきのこを食べないこと。日本では贅沢のように聞こえるかもしれないが、毎年秋になるとウクライナの人はきのこ狩りに出かけ、その後いろいろなきのこ料理を作る。だが専門家によれば、放射能が一番残りやすいのは、きのこ、小麦、イチゴ、乳製品なのだ。だから、あの事故の後もう20年もたつが、きのこ狩りに出かけたことがない。それは少し寂しく思う。最近、私の回りの人々は少しずつきのこ狩りにも出かけるようになった。20年も過ぎているから「もう大丈夫」と思っているかもしれない。これもある意味で、この状況に慣れてしまったからかもしれない。

 

一方、最近、とても変わったキエフからの日帰りツアーも紹介されている。どこへと思いますか?もちろん、チェルノブイリへのツアーです。地元の人はあまり行かないが、外国人には大人気だそうだ。バスであの原子力発電所まで行き、バスから降りて写真を撮る。地元の人は80キロしか離れていないところに住んでいるから、慣れてしまっていると言っても、もううんざりだし、早く忘れたい。だから、あの場所が観光名所になっていくことには複雑な気持ちがある。知り合いのおじいさんに意見を聞いたら「観光に来る人に馬鹿にされている気がするから、早く止めさせてほしい」と言われた。そいう意見もあるかもしれないが、私は、出来るだけ多くの人に見てもらった方が良いと思う。二度とこのような悲劇が繰り返されないように。

 

オレンジ革命の時、外国のメディアが、ウクライナ=チェルノブイリと紹介したことが、たびたびあったらしい。それで私の友人の友人のように、ウクライナに来ることを怖れる人が多くなった。もちろん、チェルノブイリは相変わらずキエフから80キロくらいの距離にあるが、もう20年も過ぎたのだし、事故現場のカバーも少しずつやり直されているということなので、「大丈夫」と思いたい。チェルノブイリ以外にも、ウクライナには、綺麗なところ(16世紀のコサックのお城、博物館、オペラ・バレー劇場などなど)がありますから、是非日本からの観光客にたくさん来てほしいです。北ウクライナ産のキノコだけは、やっぱり食べない方がいいかもしれないですけど(笑)。

 

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オリガ・ホメンコ(Olga Khomenko)
「戦後の広告と女性アイデンテティの関係について」の研究により、2005年東京大学総合文化研究科より博士号を取得。キエフ国立大学地理学部で広告理論と実習の授業を担当。また、フリーの日本語通訳や翻訳、BBCのフリーランス記者など、広い範囲で活躍していたが、今月より学術振興会研究員として早稲田大学で研究中。2005年11月に「現代ウクライナ短編集」を群像社から出版。 
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