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エッセイ006:張 紹敏「エール大学:リーダーの孵卵器」

銃で頭を撃たれた10代の男の子は危篤だと地元のテレビ局が伝えている。この1ヶ月にその様な報告は2~3回あった。町の一部の区域に限られたことであり、町全体の治安が悪いとは言えないが、それにしても何が起こるかは分からない。それでも、夏場の週末に人々は町の中心にあるグリーン広場に集まって、ジャズコンサートを楽しんでいる。毎年一度はメトロポリタン・オペラもこの広場で公演し、それはこの町、ニューヘイブンの風景になっている。8年前にここに来た時、日本の友達から「危険だよ」と忠告を受けたが、住んでしまうと怖いという感覚もなくなってしまう。25セントから2~3ドルまでのお金を必要とするヒトに数回お目にかかったが、危険だとは感じなかった。

 

ニューヘイブンは米国北東部のコネティカット州にある港町で、ニューヨークまで南に1時間半、ボストンまで北に2時間のドライブで行ける、典型的なニューイングランドの町である。ニューヘイブンという名前よりも、この町をホーム・タウンとするエール大学の方がよく知られているだろう。日本では、ハーバード大学に比べ、エール大学はそれほど有名ではないかもしれない。実際にこちらへ来て、日本からの学生や学者が少ないと感じた。中国からの留学生や学者は1000人いる。台湾と本土から来た人たちが、別々の小学校を作り、それぞれ中国語を教えている。それに対し、京都から来た日本人の同僚の学者は毎週末ニューヨーク市まで行って、子供に日本語を勉強させていると話していた。この2~3年、週末には韓国からの団体観光客が急増したが、日本からの観光客は未だに少ない。

 

アメリカの歴史は若いが、このあたりでは200年前に造られた古いアパートを借りて暮らす学生や学者が多い。米国で一番古いハンバーガー屋もある。二度ほど足を伸ばしたが、ランチしかやっていないこともあって、とても混雑していて食べられなかった。ニューへイブンは米国におけるイタリアピザの発源地でもある。ピザの店はあちこちがあるが、町の東にはピザ街がある。元々、イタリア移住者の住んでいた地域である。そこにクリントン前大統領とヒラリー夫人がエール大学在学時によくデートしたピザ屋があるという。

 

民主党の元副大統領候補のリーバーマン上院議員は、コネティカット州の民主党予備選で敗れて無所属に転じたが、11月の米中間選挙を前にイラク戦争支持を表明した。最近発表された世論調査では、共和党支持者を大幅に取り込んでリードを奪い返したが、これは、日本でも「奇策」と報告されているという。そのリーバーマン氏もエール大学の卒業生だが、彼の実家はニューヘイブンにある。よく知られているように、ブッシュ大統領の親子三代もエール大学卒業である。この20年間の米国の指導者はすべでエール大の出身者だ。最近のタイム・マガジンは、2008年の大統領選挙を特集したが、表紙はヒラリー夫人だった。

 

3年前からエール大学では、中国の将来の指導者となることが期待される中央省庁の幹部を対象に、2週間の研修クラスを開いている。エール大学で研修後、ホワイト・ハウスでアメリカの指導者と話し合うという。何を教えているのか、将来はどうなるのかなど、今はまだ評価出来ないが、今年4月に米国訪問中の中国の胡錦濤主席が、わざわざエール大学を訪問したという事実は、何かを物語っているかも知れない。それに対し、日本からは、観光客はもとより政治家がニューヘイブンに足を伸ばすまでにはかなり時間がかかりそうだ。あるいは、そんな必要はないということなのか。

 

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張 紹敏(ちょう・しょうみん Zhang Shaomin)
中国の河南医学院卒業後、小児科と病理学科の医師として働き、1990年来日。3年間生物医学関連会社の研究員を経て、1998年に東京大学より医学博士号を取得。現在は米国エール大学医学部眼科研究員。間もなくペンシルベニア州立大学医学部神経と行動学科の助理教授に異動。脳と目の網膜の発生や病気について研究中。失明や痴呆を無くすために多忙な日々を送っている。学会や親友との再会を目的に日本を訪れるのは2年1回程度。

 

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