SGRAイベントの報告

  • 2017.06.15

    蔡英欣「第7回日台アジア未来フォーラム報告『日本・韓国・台湾における重要法制度の比較―憲法と民法を中心に』」

    2017年5月20日、第7回日台アジア未来フォーラムが、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)と国立台北大学法律学院との共同主催で開催されました。今回は、「日本・韓国・台湾における重要法制度の比較―憲法と民法を中心に」をテーマとし、憲法上の国会制度、および民商二法分立・統一に焦点を当て、日本、韓国、台湾の専門家を招いて、各国の現行制度の説明と、今後の課題について検討しました。   開会式では、渥美国際交流財団の渥美伊都子理事長の開幕のご挨拶の後、日本台湾交流協会の塩澤雅代室長と台湾日本人会台日交流部の安東徳幸部会長よりご祝辞をいただきました。そして最後に、国立台北大学法律学院の林超駿院長より歓迎の挨拶と共同主催者と賛助団体への謝辞をいただきました。   続いて、アメリカハーバード大学のコーヤン・タン教授より、立憲主義、すなわち憲法の精神について、日本、韓国、台湾の憲法の歴史と現在までの発展について、全般的な比較を行う基調講演がありました。これら3国の憲法は、全て第二次世界大戦後に生まれたもので、また、どの国も日本の統治を受けていたにもかかわらず、相当程度の相違点が存在するという点でとても興味深いものでした。   タン教授はご報告の中で、主権、教育およびジェンダーについて3国の比較をした上で、3国ともに主権は国民にあり、また教育水準は一流であるが、ジェンダーについては日本と韓国は保守的であると指摘しました。40分という短い時間でしたが、日本、台湾、韓国の立憲の精神がわかりやすくまとめられ、さらに、各国が直面している国際問題、領土問題、高齢化問題など、私達が考えなければならない問題が提示され、とても内容の濃いご報告でした。   午前の部【憲法】では「日本、韓国、台湾における国会制度」が取り上げられ、タン教授のご報告に続いて、各国の立憲制度に対する私達の理解をより掘り下げるものとなりました。   まず、日本の東北大学の佐々木弘通教授より、日本国憲法上の国会の現状と課題についてご報告をいただきました。日本の国会の選挙制度の成り立ちから今日に至るまでの法改正の歴史、現在の選挙制度においては内閣の解散権が大きなものとなってしまっている問題、そして今後の調整についての考え方などをお話しいただきました。   つぎに、韓国慶星大学の孫亨燮教授より、韓国で法改正論が出ている下での国会の変化の概要をご報告いただきました。韓国においては大統領の権力が大きすぎて濫用のおそれがあること、憲法改正により一部の権限を国会と国務大臣に移譲する方法があることなどをお話しいただきました。   最後に、台北大学林超駿教授より、アメリカ法を参考とした台湾の国会議員の定数についてご報告をいただきました。台湾における国会議員定数の移り変わりが、民意の反映、議会運営などに対してどのような影響を与えたのかなど、台湾の法制度について一歩踏み込んだ観点からお話しいただきました。   続いて、石世豪教授(国立東華大学財経法律研究所)、林明昕教授(国立台湾大学法律学院)および陳愛娥准教授(国立台湾大学法律学院)の3名のコメンテーターより、それぞれ異なる角度から、国会、民意、および立憲制度の関係についてコメントをいただきました。   昼食後、まず台湾司法院前院長の賴英照教授よりご報告をいただき、判決中に外国法を引用する際に、理を説くのか、詭弁をなすのか、両者の間でどのようなバランスをとれば、判決に法律上の根拠があるとされ、また判決が社会の変化に対応したものとなるのかについての考え方をお話しいただきました。   午後の部【民法】では「民商二法分立・統一」が取り上げられました。まず、韓国成均館大学の権澈准教授より、韓国の立法制度の流れ、および、民商二法分立・統一に関する議論が日本や台湾ほどに注目されていない現実が報告されました。現代社会において、商人の場合の特殊性を過度に注視する必要はなく、民法を主体として調整を行うことができるが、この問題は討論するに値すると指摘されました。   ドイツ法の影響のもと、民商二法統一に近い考えを持つ日本と台湾については、日本東北大学の中原太郎准教授と、台北大学向明恩准教授より、制度の紹介をしていただきました。両教授ともに、商法学者と民法学者はもっと話合いの場を持つべきだとの見解を提示されました。 v   その後、民法学者である陳自強教授(国立台湾大学法律学院)、商法学者である廖大穎教授(国立中興大学法律学系)と張心悌教授(国立台北大学法律学院)よりコメントをいただき、異なる観点から、興味深い問題点を提供していただきました。   予定時間が大分オーバーしましたが、最後に、渥美国際交流財団の角田英一事務局長より、参加されたすべての専門家に対して謝辞が述べられ、参加者全員が今回のフォーラムに参加したことで、3国の異なる法制度の現状と今後の発展についての理解を深めることができたことを今後の研究に活かしたいとし、フォーラムは無事に閉会しました。   当日の写真   <蔡英欣(さい・えいきん)TSAI Ying-hsin> 2004年度渥美奨学生。2006年3月に東京大学で博士号を取得し、現在は国立台湾大学法律学院副教授。専門は商法。     2017年6月15日配信
  • 2017.06.01

    エッセイ536:マックス・マキト「マニラ・レポート2017年初夏」

    2015年9月、国連は17の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDG)を定めた。その6番目の目標に「すべての人々に水と衛生へのアクセスと持続可能な管理を確保する」ということが掲げられている。これを背景として、第23回SGRA持続可能な共有型成長セミナーが、「経済的に困窮しているコミュニティのための水の統合システム」というテーマで、2017年5月7日(日)にマニラで開催された。共同主催者は、雨水利用を推進するアメコス・イノベーション社(AMECOS INNOVATION, INC.)で、自社を会場として提供してくれた。   SDGのウェブサイトには、次のような統計がある。 ・2015年の時点で、改良飲料水源を利用する人々の割合は、1990年の76%から91%へと増大しています。しかし、トイレや公衆便所など、基本的な衛生サービスを利用できない人々も、25億人に上ります。 ・毎日、予防可能な水と衛生関連の病気により、平均で5000人の子どもが命を失っています。 ・水力発電は2011年の時点で、最も重要かつ広範に利用される再生可能エネルギー源となっており、全世界の総電力生産量の16%を占めています。 ・利用できる水全体の約70%は、灌漑に用いられています。 ・自然災害関連の死者のうち15%は、洪水によるものです。   フィリピンでも水の状況はあまり芳しくない。今のままでは、フィリピンは今後10年以内に水不足が深刻な問題になり得る。不衛生な水しかなくて毎日55人が命を落としている。ボトルウォーターの使用が急増している。   SGRA持続可能な共有型成長セミナーの目標は「効率・公平・環境」の鼎立であるので、実行委員会ではKKKセミナーと呼んでいる。ちなみに、フィリピン語にしてもKKKなのである。毎年2回フィリピンで開催する共有型成長セミナーでは、1人の委員のKKKに関する研究とアドボカシー(主張)に焦点を当て、発表と議論が行われる。   第23回KKKセミナーの午前中の司会者は、フィリピン出身の元渥美奨学生のブレンダ・テネグラさんであった。彼女は暫くの間参加できなかったが、今西淳子SGRA代表の誘いで、前回のKKKセミナーから復帰してくれたので嬉しく思っている。今回のKKKセミナーの焦点は、アメコス社の社長で、元大学教授であるアントニオ・マテオ先生の雨水利用の活動であった。   マテオ先生と角田英一渥美財団事務局長の開会挨拶の後、マテオ先生が「イノベンション(発明+革新)と気候変動の影響」(Innoventions Versus Climate Change Effects)というテーマで発表した。雨水利用は家計の水道費を節約するだけでなく、気候変動によって頻繁に起きている湖水の被害を軽減できるという主張であった。水源に注目したマテオ先生に対して、フィリピン固形廃棄物管理協会(Solid Waste Management Association of the Philippines)のグレース・サプアイ会長と娘のカミールさんは、下水に焦点を当てた「浄化槽における環境に優しいイノベンション(発明+革新)」(Green Innoventions in Septic Tanks)を発表した。   ちなみに、KKKセミナーへの次世代の参加が増えていて嬉しく思っている。彼らには未来が託されているからこそ、積極的に参加してもらいたい。KKKセミナーは2004年にスタートしたが、その時から僕の兄弟たちはもちろん、姪と甥もできるだけ参加してもらうようにしている。今回も、マニラの大学の工学部を卒業した甥が参加した。別の甥は、セミナー前日の夜遅くまで仕事があったが、セミナー当日には運転手として手伝ってくれた(セミナーでは眠っていたけれど)。   サプアイ親子の発表の次に、「コモンズの管理と債務の開発のための交換 (Managing the Commons and Debt for Development Swap:コモンズとは誰の所有にも属さない資源を指すもの)についてジョッフレ・バルセ氏が発表した。彼は、100年以上も続く古いオーストラリアの「良き政府の協会」(Association for Good Government)の会長であり、セミナーのためにシドニーから来てくれた。バルセ氏は、汚職などが絡んで正しく使われなかった借入金はインフラ開発のため(例えば、水道システムの開発)に使えるようにすべきだと主張した。   最後に、フィリピン大学経営学部のアリザ・ラゼリス先生が「営利団体による水源の管理」(Water Resources Management by Business Organizations)について発表した。国連の「統合水源管理」が発表した理論的な分析枠組みを展開し、文化的要素を含む社会的な様相をその枠組みに導入しようとした。   昼食を挟んで、午後はSGRAフィリピン代表のマキトが司会を務め円卓会議を行った。他の委員のアドボカシーを事例として円卓会議の進め方を説明した後、発表者や参加者と一緒に、午前中の発表を1つずつ、5つの観点(つまり、効率・公平・環境・研究・アドボカシー)から論じた。その詳細と当日の写真は、セミナーの報告書(英文)をご参照ください。   円卓会議の後、マテオ先生にアメコス社をご案内いただいた。本社屋は多目的で、自宅でもありながら、発明用の研究室+展示施設でもある。獲得した特許はすでにご自分の年齢を上回っているほどで、「母の胎内にいた時にも発明をやっていた」と冗談を言っていた。   しかし、特許に関しては問題もある。あるフィリピン政府機関が無断で彼の発明を利用しているそうだ。知的財産の権利を守る番人でもある政府が、その役割を果たしていないのであるから問題の深刻さを物語っている。政府は国の発展のためにその発明を広めようとしているかもしれないが、さらなる発明や革新の妨げになるだろう。それでも、マテオ先生は国の発展のために発明や革新を呼びかけている。   アメコス社のプチ観光の最後に、子ども達や家族や友人たちを楽しませるために、再利用した資材を使って自分で作ったツリー・ハウス(樹上の家)に案内してくださった。マテオ先生が発明や革新の意欲を失わず、しかも、KKKセミナーの参加者とのネットワークがビジネスにも役立ったと話してくれたことを嬉しく思っている。   <マックス・マキト☆Max Maquito> SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。SGRAフィリピン代表。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、アジア太平洋大学にあるCRCの研究顧問。     2017年6月1日配信
  • 2017.04.27

    第4回アジア未来会議☆論文・小論文・ポスター/展示の募集

    渥美国際交流財団関口グローバル研究会は、バンコク、バリ島、北九州に続き、ソウルにて第4回アジア未来会議を開催します。アジア未来会議は、日本で学んだ人、日本に関心をもつ人が一堂に集まり、アジアの未来について語る<場>を提供することを目的としています。毎回400名以上の参加者を得、200編以上の論文発表が行われます。国際的かつ学際的な議論の場を創るために皆様の積極的なご参加をお待ちしています。 日時:2018年8月24日(金)~8月28日(火)(到着日・出発日も含む) 会場:韓国ソウル市 Kホテル http://www.aisf.or.jp/AFC/2018/ アジア未来会議は下記の要項にしたがって論文・小論文・ポスター/展示を募集します。 ◆テーマ 本会議全体のテーマは「平和、繁栄、そしてダイナミックな未来」です。本会議では葛藤や格差などの人類共通の諸課題を解決するために、「恐怖からの自由」と「欠乏からの自由」を目指します。朝鮮戦争の後、韓国は絶え間ない努力と海外からの多大な援助によって「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を遂げました。韓国は、その歴史的経験から、開発にともなう苦痛や悩みをよく理解していると言えるでしょう。こうした点からも韓国ソウルで開催される本会議が、これからのアジアの「平和、繁栄、そしてダイナミックな未来」に寄与することを願います。 第4回アジア未来会議で学際的に議論するために、下記のテーマに関連した論文、小論文、ポスター/展示発表を募集します。登録時に一番関連しているテーマを3つ選択していただき、それに基づいて分科会セッションが割り当てられます。 平和Peace、繁栄Prosperity、活力Dynamism、幸福Happiness、人権Human_Rights、成長Growth、グローバル化Globalization、教育Education、共存Coexistence、公平Equity、長寿Longevity、健康Health、メディアMedia、多様性Diversity、革新Innovation、歴史History、 コミュニケーションCommunication、社会環境Social_Environment、自然環境Natural_Environment、持続性_Sustainability ◆学術分野 下記の分野を受け付けます。 A 自然科学 物理学、化学、生物学、数学、医学、農学、工学、その他 B 社会科学 法学、政治学、経済学、経営学、社会学、教育学、その他 C 人文科学 哲学、宗教学、心理学、歴史学、芸術学、文学、言語学、その他 ◆発表言語 第4回アジア未来会議の公用語は英語、日本語と韓国語です。登録時に、まず口頭発表およびポスター/展示の言語を選んでいただきます。英語で発表する場合の発表要旨は250語以内に纏めてください。日本語か韓国語で発表する場合は、発表要旨のみ英語(250語)と日本語(600字)あるいは韓国語(600字)との両方で投稿していただきますが、論文および小論文は日本語あるいは韓国語のみで結構です。 ◆発表の種類 アジア未来会議は日本で学んだ人、日本に関心のある人が集まり、アジアの未来について語り合う場を提供することを目的としています。国際的かつ学際的なアプローチによる、多面的な議論を期待しています。専門分野の学術学会ではないので、誰にでもわかりやすい説明を心掛けてください。 1.小論文 short_paper(2~3ページ) 自分の専門とは違う研究者も参加して国際的かつ学際的な議論をすることを前提に、口頭発表の内容をまとめた小論文を投稿してください。小論文の代わりに発表レジュメ・パワーポイント等の配布資料でも構いません。 発表要旨のオンライン投稿の締め切りは2018年2月28日、合格後の小論文のオンライン投稿(PDF版のアップロード)の締め切りは2018年5月31日です。5月31日までに投稿がない場合は、アジア未来会議における発表を辞退したと見なされますのでご注意ください。小論文は、奨学金、優秀論文賞の選考対象にはなりません。 2.論文 full_paper(10ページ以内)―奨学金、優秀論文賞の選考対象になります アジア未来会議は、多面的な議論によって各人の研究をさらに磨く場を提供します。必ずしも完成した研究でなくても、現在進めている研究を改善するための、途中段階の論文を投稿していただいても構いません。 奨学金と優秀論文賞に申請する場合、発表要旨のオンライン投稿締め切りは2017年8月31日で、合格後の論文のオンライン投稿(PDF版のアップロード)の締め切りは2018年3月31日です。発表要旨の合格後、論文の投稿を前提に奨学金を申請できます。奨学金の選考結果は1月20日までに通知します。 また、学術委員会による審査により、優秀論文20本が選出されます。優秀論文には、アジア未来会議において優秀賞が授与され、会議後に出版する優秀論文集「アジアの未来へー私の提案Vol.4」に収録されます。既にアジア未来会議で優秀論文賞を受賞したことのある方は、選考の対象外となりますので予めご了承ください。 奨学金と優秀論文賞に申請しない場合、発表要旨のオンライン投稿締め切りは2018年2月28日で、合格後の論文のオンライン投稿(PDF版のアップロード)の締め切りは2018年5月31日です。 3.ポスター/展示発表 ・ポスターはA1サイズに印字して当日持参・展示していただきます ・展示作品は当日の朝に自分で搬入し展示していただきます 発表要旨のオンライン投稿締め切りは2018年2月28日で、合格後のポスター/展示のデータのオンライン投稿(PDF版のアップロード)の締め切りは2018年5月31日です。アジア未来会議において、AFC学術委員会により優秀ポスター/展示賞数本が選出されます。ポスター/展示作品は、奨学金と優秀論文賞の選考対象にはなりません。 ◆分科会セッションの割り当て 分科会は、2018年8月26日(日)に、韓国ソウル市のKホテル会議室で開催します。分科会セッションのスケジュールは、2018年8月5日までにAFCオンラインシステム上に発表し、その後調整の上、8月15日に決定します。 1.一般セッション(アジア未来会議実行委員会が割り当てる) 下記のグループセッションと学生セッションのものを除き、2018年5月31日までに投稿された論文または小論文は、まず口頭発表言語によって英語、日本語、韓国語のセッションに分かれます。次に、登録時に選んでいただく3つのテーマに基づき分科会セッションを割り当てられます。 2.グループセッション(グループで独自のセッションを作る) 独自のセッションを希望する方は、発表者3~5名、座長1~2名のグループを作り、①セッションのタイトルと趣旨(英語の発表の場合は英語のみ、日本語か韓国語の発表の場合は英語と日本語か韓国語)、②発表者および座長の氏名とAFCユーザー登録番号(4桁)と投稿番号(3桁)③発表言語を、2018年5月31日までにアジア未来会議事務局へEメールでお送りください。 3.学生セッション 大学院修士課程や学部の学生は、学生セッションに参加してください。大学院博士課程の学生は、どのセッションにも参加できますが、学生セッションを選ぶこともできます。 ◆論文投稿のスケジュール 2017年5月1日:論文の発表要旨のオンライン投稿受付開始(英語で発表する場合は英語。日本語か韓国語で発表する場合は、英語と日本語か韓国語の両方 2017年8月31日:論文の発表要旨の締め切り(奨学金と優秀論文賞の対象) ※奨学金と優秀論文賞に応募しない場合の締め切りは、2018年2月28日 2018年3月31日:論文(英語か日本語か韓国語)のオンライン投稿(PDF版のアップロード)の締め切り (優秀論文賞の選考対象) ※優秀論文賞に応募しない場合の論文の投稿締め切りは、2018年5月31日 ◆詳細は、http://www.aisf.or.jp/AFC/2018/call-for-papers/こちらをご覧ください。(一番上のタブで言語を選択)
  • 2017.03.02

    瀬戸文美「第56回SGRAフォーラム『人を幸せにするロボット』報告」

    あなたは、ロボットが人間に反乱を起こす日が来ると思うだろうか?   近年、日本のみならず世界中でヒト型ロボットの開発が行われており、また車両の自動運転などロボット技術の社会応用も進んでいる。その一方で人工知能の進化によるシンギュラリティ(技術的特異点)、人工知能やロボットが人間の能力を超え人間の仕事を奪うという将来への不安も取り沙汰されている。果たしてロボットは人間を幸せにするのか、ロボットが「こころ」を持つ日は来るのか、そもそもロボットとは何なのか。日本のロボット研究の第一人者である東大の稲葉雅幸教授を始めとする工学者と新進気鋭の哲学者が「人を幸せにするロボット」について自説を延べ、ディスカッションを行った第56回SGRAフォーラムをレポートする。   東京大学大学院情報理工学系研究科の教授である稲葉雅幸氏は『夢を目指す若者が集う大学とロボット研究開発の取り組み』と題して、稲葉研究室で行われているヒト型ロボットを中心とした研究とその教育効果について基調講演を行った。   稲葉氏は学部生の頃から現在まで、一貫して情報システム工学研究室に所属しロボットの研究開発を行ってきた。1993年に16個のモータを有する小型ヒト型ロボット、2000年には人間と同等のサイズのヒト型ロボット研究プラットフォームを開発。折しも福島第一原発事故を背景として米国国防省による災害救助ロボットのコンテスト『DARPAロボティクスチャレンジ』が世界全体の課題として行われ、それへの挑戦のためにベンチャー企業『SCHAFT』を創業したのが、稲葉研究室の卒業生である中西雄飛氏と浦田順一氏である。その後Googleに買収された同社には20名以上の稲葉研究室の卒業生が集まりロボット開発を行っている。   その一方で稲葉研究室でも「これまでできていなかったことを、誰もこれまでやったことのない方式でできるようにする」という方針のもと電磁モータ駆動・水冷気化熱利用により高出力を実現するヒト型ロボット『JAXSON』が開発された。稲葉氏によればロボットとは「感覚と行動の知的な接続法の研究」であり、「先端技術の総合芸術」であり、「工学分野における複数の技術の融合・統合体」であるという。稲葉研では学生がめいめい小型のヒト型ロボットを作り動かすことで、多様な技術を広く体験して研究テーマとなる問題を自分自身で発見し、それを深めていくというスキームを経験することができる。そのようなロボット研究開発について「『苦労』と感じるかもしれないけど、同時に『幸せ』なことでもある」という考えを示した。   立命館大学情報理工学部情報コミュニケーション学科・教授の李周浩氏は『ロボットが描く未来』と題し、SF作品などを通じて描かれるロボットとその未来技術、そして社会におけるロボット技術の在り方について話題提供を行った。   李氏は韓国出身で、幼少の頃に観たロボットアニメ『マジンガーZ』に魅了されロボット科学者の道を志した。1920年に『ロボット』という言葉が生み出されて以来、人間の理想を映すものや友達、従順な僕などとして現在までさまざまなロボットが描かれ、『ロボット』というものへの印象を人々の中で構築している。そこではロボットは、単に人間のために労働力を提供する機械としてだけではなく、人間が全知全能の創造主として自らの夢や希望を投影できる対象であり、人間を理想として発展している唯一技術として人々に夢を与えるものとして描かれている。また現実のものとしてのロボット技術は「期待のピーク」の直前に位置しているが(2016年ガートナー社ハイプ・サイクルより)、その一方で労働者階層・中間層の雇用がロボットや人工知能に代替されることを危ぶむ声も少なからず耳にする。明暗あれど現在ロボットは脚光を浴びていることは事実であり、この現状を踏まえてロボットが描く未来はどうなるのかという問いを後半のフリーディスカッションに投げかけ、李氏は講演を締めくくった。   3人目の講演者である東京大学教養学部助教の文景楠氏は、古代ギリシャ・アリストテレスを専門とする哲学者である。本フォーラムでは『ロボットの心、人間の心』と題して、「ロボットは心を持つのか?」という問いへのアプローチを示した。   この問いに答えるためには「心とは何か」、そして「心を持つ・持たないということをどうすれば判定できるのか」という2つの問いに先に答える必要がある。第1の問いに対して、心とは「痛みを感じるような何か」というように曖昧に定義し、その上で第2の問いに対しての「人間らしいそぶりを示す」という答えについて考察する。あなたのことを「心を持っていないロボット」と信じ込んでいる人がいた場合、あなたはどうやって自分が心を持っていることを示すだろうか。自身を殴らせることで痛みを感じている表情や様子を示しても、殴られた結果生じる身体のあざを示しても、それはただの「ふり」で巧妙なつくりのロボットだと言われれば反証はできない。   このように「『人間らしいそぶりを示す』ことで心の有無を判定する」ということ自体に嫌疑をかけると、ロボットはもとよりほとんどすべての人間に対して相手が心を持っていない可能性を考慮しなければならなくなるため、人間らしいそぶりを示すものは心を有していると考えるべきである。しかしこの「人間らしい」という基準が曖昧である以上、先の結論は「ロボットは心を持たないと断定すべき根拠はない(どういうロボットが心を持つロボットかはさらなる議論が必要)」と弱めた形で受け入れられることとなる。講演の最後に文氏は、「ロボットが心を持つか」という問いは「心を持つとはどういうことか」という問いを経由し人間の自己理解を問い直すものとして重要であるという考えを示した。   最後の講演では物書きエンジニアの瀬戸文美が「(絵でわかる)ロボットのしくみ」と題して、ロボットや科学技術を一般に広め身近なものとするにはどうしたらよいのか、自身の著書である「絵でわかるロボットのしくみ」を例としてその方法論を示した。ことロボットにおいては見た目や構造が人間と似ているため、技術的に困難であるなしに関わらず人間が行っていることはロボットも当然できるはずというバイアスが見る側にはかかってくる。姿形や派手な動きといった表面的なことだけではなく、その裏に存在する技術や技術者・研究者を伝えることがロボット技術の発展に重要であるという考えを述べた。また写真を並べたカタログ的な紹介冊子か専門的な教科書かという二極化していた従来のロボット書籍と異なり、数式や専門用語を用いずに分野全体の俯瞰を行いロボット工学へのはじめの一歩を踏み出すことを目的としたという著書のアプローチを示した。   その後のフリーディスカッションでは「人間と同様のロボットが誕生した場合にどんな法的整備が必要になるのか」「心の1つの要素として、ロボットは自由意志を持てるのか」といった会場からの問いに、4名の講演者がそれぞれの見解を述べ活発な議論が行われた。   当日の写真   <瀬戸文美(せと・ふみ)Fumi_SETO> 2008年東北大学大学院工学研究科バイオロボティクス専攻博士後期課程修了 工学博士 大学院修了後、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)主任研究員などを経て、現在は「物書きエンジニア」として研究や執筆活動を行う。その間、人間協調型ロボットの研究をしながら、科学の魅力や研究の面白さを伝える『東北大学サイエンス・エンジェル』の第一期生として、サイエンスコミュニケーション活動を行う。主な著作:『私のとなりのロボットなヒト:理系女子がロボット系男子に聞く』近代科学社(2012)『絵でわかるロボットのしくみ(KS絵でわかるシリーズ)』平田泰久(監修)、講談社(2014)     2017年3月2日配信
  • 2017.01.26

    金雄熙「第16回日韓アジア未来フォーラム『日中韓の国際開発協力-新たなアジア型モデルの模索』報告」

    2016年12月1日(木)、韓国仁川市松島コンベンシアで第16回日韓アジア未来フォーラムが開催された。今回のフォーラムは、多様な分野における東アジア各国の日本研究の専門家が知識を共有できる貴重な場として設立された「東アジア日本研究者協議会」第1回国際学術大会の共同パネルで、テーマは「日中韓の国際開発協力-新たなアジア型モデルの模索」であった。2016年2月に東京で開催された第15回日韓アジア未来フォーラム「これからの日韓の国際開発協力:共進化アーキテクチャの模索」、2016年10月1日に北九州で開催された第3回アジア未来会議の自主セッション「アジア型開発協力の在り方を探る」における議論を受け、日韓に中国を含めて東アジアの開発援助のあり方について、モデル構築の可能性を念頭に置きながら考えた。   フォーラムでは、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)の今西淳子(いまにし・じゅんこ)代表による開会の挨拶に続き、これまでのODA関連フォーラムの経緯と議論を受け、日中韓の研究者が比較の視座に立ち、アジア型開発援助モデルの収れんの可能性について論じた。まず李恩民(リ・エンミン)桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群教授は、「中国的ODA」(The Chinese-style ODA)について、中国が開発途上国として日本などからODAの供与を受ける一方で、外交の一環として第三世界に属するアジア・アフリカ・ラテンアメリカ・太平洋諸国に政治色の強い「対外援助」を実施していることを指すと定義した。そして、アジア・アフリカ、特に隣国であるベトナムとモンゴルなどへの政治的・経済的援助等に焦点を当てて、「中国的ODA」展開のプロセスを究明し、レシピエント(被援助地域)の視点からその歴史と効果を検討し、「中国的ODA」の内実と本質に迫った。   孫赫相(ソン・ヒョクサン)慶熙大学公共大学院院長は、「開発協力に対するアジア的モデルの可能性の模索:北東アジア供与国間の収れんと分化」というタイトルで、経済発展段階における韓国、日本、中国の同質性と異質性が対外戦略と連携した開発協力ではいかなる様相に収れんし分化するのかについて考察し、開発協力におけるアジア的アプローチの可能性について報告した。現段階における性急なモデル化の試みには慎重な立場をとりながらも、国連の持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)など国際規範の拡散などを軸としたアジア型モデルの収れんの可能性に触れた。また、ODAに変わる概念枠組みとして持続可能な開発のための「総合的開発支援(TOSSD: Total Official Support for Sustainable Development)」を用いて、中国の国際開発協力を国際比較の視座で議論できるとした。さらに、アジア型開発協力モデルの模索において、3 カ国による開発事業の共同実施や開発経験の共有、北朝鮮開発支援がいかなる意味合いや重要性を持つかについても言及した。   李鋼哲(り・こうてつ)北陸大学未来創造学部教授は、日中韓を始めとするアジア諸国は先進国からの援助を受けて経済成長を成し遂げており、既に先進国になった日本、先進国仲間入りを果たした韓国、そして未だに発展途上国である中国の国際開発協力は、それぞれの特徴をもちながらも、共通点が多いとした。そして日中韓3カ国の援助アプローチは、国際援助コミュニティーに支配的な援助アプローチと異なる、2つの基本的な特徴、即ち、「内政不干渉」の原則と「援助・投資・貿易の相乗効果」の重視を共有すると主張した。   その後、討論者の金泰均(キム・テギュン)ソウル大学国際大学院教授は、国際開発協力の「アジア型モデル」を議論する上では、3カ国のODAのウィンウィン戦略(モデリング)、3カ国の開発援助の特質、そして受援国(パートナー国)にとってもウィンウィン戦略になるかなどの視点をバランスよく考えるべきだとした。そして「内政不干渉」の原則をめぐる日韓と中国の認識の相違、開発援助(とりわけ、対アフリカ援助)における雁行モデル的な展開にみられる援助レジームの共通点と相違点、開発援助の担い手としての各国政策金融機関による国際開発金融機関(MDB: multilateral Development Bank)のセイフガード3原則(環境破壊、強制移住、人権蹂躙の禁止)などの共有を通じた国際開発協力の「アジア型モデル」の収れん可能性について議論した。   時間の制約で討論をフロアーにオープンすることはできなかったが、それぞれの立場や専門領域を踏まえた、そして自分の夢が込められた素晴らしい討論が交わされた。最後は、北朝鮮・統一専門家でもある徐載鎭(ソ・ゼジン)未来人力研究院院長により、北朝鮮に対する開発支援の重要性に触れるコメントと閉会の辞で締めくくられた。   これからも日韓アジア未来フォーラムで「ポスト成長時代における日韓の課題と東アジア協力」について、実りのある議論を展開していくためには、総論的な検討にとどまらず、ODAフォーラムのように具体的なイシューにおいて掘り下げた検討を重ねていかなければならない。次年度も前2回のODAフォーラムの延長としてODA問題を取り上げることになるが、次回のフォーラムに当たっても、引き続き国際開発協力における中国のプレゼンスにも注目しつつ、北朝鮮に対する開発支援をめぐる日中韓の協力の可能性を1つの軸に設定して進めていくと良いのではないかと思う。それによって「アジア型ODA」の課題も浮き彫りになるだろうし、ODAの理念にもどって、理論的に検討できるのではないか。最後に、このフォーラムの成功のためにご支援をいただいた李鎮奎未来人力研究院理事長と今西代表 、そして大統領の弾劾に向けたキャンドル集会の真っただ中で韓国を訪ねた発表者と渥美財団スタッフの皆さんに感謝の意を表したい。   当日の写真   <金雄煕(キム・ウンヒ)Kim Woonghee> 89年ソウル大学外交学科卒業。94年筑波大学大学院国際政治経済学研究科修士、98年博士。博士論文「同意調達の浸透性ネットワークとしての政府諮問機関に関する研究」。99年より韓国電子通信研究員専任研究員。00年より韓国仁荷大学国際通商学部専任講師、06年より副教授、11年より教授。SGRA研究員。代表著作に、『東アジアにおける政策の移転と拡散』共著、社会評論、2012年;『現代日本政治の理解』共著、韓国放送通信大学出版部、2013年;「新しい東アジア物流ルート開発のための日本の国家戦略」『日本研究論叢』第34号、2011年。最近は国際開発協力に興味をもっており、東アジアにおいて日韓が協力していかに国際公共財を提供するかについて研究を進めている。     2017年1月26日配信
  • 2016.12.29

    エリック・シッケタンツ「円卓会議『東南アジアの社会環境の変化と宗教の役割』報告」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#10)   植民地時代の苦難を経て、最近のグローバリゼーションのもと、東南アジア諸国は、国づくり、環境の悪化、宗教と民族の対立、社会的不平等など、さまざまな困難に再び直面している。識者の多くは「宗教」を、これらの課題を更に悪化させるネガテイブな要素とみなしている。本円卓会議においては「宗教は、各国が抱える様々な課題を克服するにあたって、重要な役割を果たすことができるのではないか、現に果たしているのではないか」とのポジティブな視点から、東南アジアの社会環境の変化に対応する宗教の役割を見直すことを目的とした。   本円卓会議は東南アジアの4カ国からの発表者から寄せられた4本の小論文の発表と、それに続く円卓会議の形式で行われた。発表者はインドネシア/ガジャマダ大学のアクマッド・ムンジッド、フィリピン/アテネオ・ド・マニラ大学のジャイール・S・コルネリオ、タイの活動家ヴィチャック・パニク、そしてヤンゴンベースのフランス人のミャンマー研究者、カリーヌ・ジャケであった。   最初の発表者であるアクマド・ムンジッドは、植民地以後のインドネシアの「新秩序時代」(1968-1998)、並びに1998年の民主化以降の国と宗教との関係についての流れを概観した。「新秩序時代」においては、イスラム教と政治とは一線を画していたが、1998年以降は再び宗教の政治化傾向があらわれてきた。スハルト政権の崩壊のあと、宗教内、宗教間での対立、抗争が顕在化し、近年その傾向は減ったとは言え、今でも続いており、過激で狂信的なイスラム教徒も出現している。こうした傾向に対して宗教指導者で政治家でもあった、アブドララーマン・ワヒッド(Abdurrahman_Wahid)元大統領(在任1999~2001年)に見られるような、伝統的イスラム教に身を置きつつも、(宗教的)教義を緩め、他宗派・他宗教にも寛容であり、さまざまな勢力との対話を重視するという政策も続けられた。ムンジッドは、インドネシアでの進歩的な宗教家間の対話、或いは連合を試みている様々な団体や組織の事例を挙げて、社会的公正や安定・平和をもたらす宗教間の対話の重要性を強調した。   次のジャイール・S・コルネリオの発表では、環境問題に焦点が当てられ、フィリピンのカソリック教会による気候変動の影響の緩和、或いは防止に向けた啓蒙活動などへの貢献が紹介された。彼はコミュニティでのスチュワードシップの育成、あるいは環境保全に対する責任感の醸成など、フィリピンカソリック教会の試みを、ボトムアップで社会を変えようとする「草の根活動(grass-roots_activities)」をベースとしたポジティブな役割として紹介した。   3番目のヴィチャック・パニクは発表の中で、高名な仏教の僧侶達が、共産主義者や犯罪者など体制側から見れば「敵」と見做される人々に対する冷酷な仕打ちに目をつぶるなど、タイ国で起きている国家と宗教の間の馴れ合いとも思われる「同盟関係」を批判的に考察した。パニクは、民衆の(伝統的な)精神的な拠りどころであり「森の中の隠者」と呼ばれる修道僧達の存在さえも無視あるいは犠牲にして、仏教の本来の教えである「慈悲」や「人間性」から離れてしまった、現在の制度化し体制化してしまった仏教界と国は、危険な政治的同盟関係に入ってしまったと厳しく批判した。   最後に、カリーヌ・ジャケはミャンマーにおける援助(Relief)と宗教に関わる政治について、2つの援助に焦点を当てて発表した。ひとつはサイクロン「ナルギス(Nargis)」による被害に対する支援、もうひとつは中央政府とカチン州との内戦の一連の流れである。ジャケは、ナルギスの後、ビルマの仏教界はいち早く対応し、罹災者に対して僧院を緊急時のシェルターとして開放し、仏教の教えの「ダーナ(dana:布施)」のもと経済的な支援をしたことを挙げた。2番目のケースは、主にカチン州に多いキリスト教の援助組織の活動についてであった。この事例では、宗教上の援助組織は地元で信頼され歓迎されているので、紛争地域でも効果的に活動できる一方、この様な宗教色のある援助が宗教集団間の対立を助長し、かえって紛争を長引かせたとも指摘した。   その後、この4人の発表者に各国からの6人の討論者が加わって円卓会議が行われた。円卓会議では会場からの質問、発言も相次ぎ、活発な意見の交換も行われ議論は時間切れまで続き、多くの東南アジアからの参加者の強い関心がうかがわれた。   皮肉に思えるかも知れないが、宗教の為しうるポジティブな貢献を議論するために設けられた本円卓会議の多くの時間は、現代世界が直面している様々な課題に対する宗教のネガテイブな局面に費やされた。無論、宗教が問題解決の一部となる一方、同時に問題の一部であることも事実であるため、これは地球上で起こっている現実を反映していると思われる。   今回の円卓会議で示されたのは、宗教と民族国家(政治)との関係についての今日的な課題である。宗教があまりに国家(政治)に近寄り過ぎ、政治的主体性を帯びてしまうと、かえって緊張をエスカレートしてしまう。気候変動のように、地方社会では対応できない諸問題の解決には国家レベルでの支援が早急に望まれるのは当然のことである。宗教には、さまざまなローカルな紛争に引きずり込まれず、地域、国あるいはグローバルに進行中の紛争にポジティブなインパクトを与えるよう、政治との距離と関係を慎重に見直すことが求められている。   英語の原文   <エリック・クリストファー・シッケタンツ☆Erik_Christopher_Schicketanz> 渥美国際交流財団2009年奨学生。東京大学大学院宗教学宗教史学研究室にて博士号の取得を経て、現在、日本学術振興会外国人特別研究員(東洋史)。専門は近代東アジアの宗教史、宗教と政治の関係。主な書籍には『堕落と復興の近代中国仏教—日本仏教との邂逅とその歴史像の構築』(法蔵館、2016年)等がある。
  • 2016.11.24

    今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#8)   ◆今西淳子「円卓会議『日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性』報告」   2016年9月30日(金)午前9時から12時30分まで、北九州国際会議場の国際会議室で、円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」が開催された。日本、中国、韓国から歴史研究者が集まり活発な議論が交わされた。88人が定員の会場は満席で、人々の関心の高さが示された。   最初に早稲田大学の劉傑(Liu Jie)教授が、問題提起の中で「なぜ『国史たち』の対話なのか」「『国史』から『歴史』へ」「対話できる『国史』研究者を育成すること」と題して、最近の10数年間の日本・中国・韓国の「歴史認識問題」をめぐる対話の成果、また留学生の増加と大学の国際化に伴う「国史」から「歴史」への変化を認めながらも、「国史たち」の対話をより実質的なものにするために、現在の研究者同士の交流をさらに進めると同時に、10年後、或いは20年後に本格的な国史対話が行えるような環境を整備することが重要であると指摘した。   次に、高麗大学の趙珖(Cho Kwang)名誉教授は、東北アジアの歴史問題は自民族中心主義と国家主義的な傾向に由来するとし、韓国で近来編集された学校教科書、学会の日本関係史、中国関係史の叙述について分析した。(1)「前近代中国に対する叙述」では、高句麗史をめぐる混乱を通じて「華夷意識」に言及、また、(2)「前近代日本に対する叙述」の結論においては「全体的に(韓国の)教科書でみる前近代日本は、文化後進国として(朝鮮の)先進文化の受益者、そして侵略者としての姿である。これは一面的には妥当だが、正確ではない。日本を一つのまともな関係主体として見做さない国史教科書の認識は、韓国をめぐる現在の様々な難題を解決し、正しい韓日関係を作るのに役立つとは思えない」と主張した。そして、(3)「近代東アジアに対する叙述」では、19世紀以後の東アジアは、一国の状況のみで自国史を述べること自体が不可能であるほどに三国の歴史が絡み合っているのに、韓国近現代史の教科書に中国と日本の近現代史に関する内容が殆ど出てこないこと、朝鮮戦争の場合でさえ、内部政治や経済や社会に関する説明が溢れ、参戦した各国の論理が紹介されていないことを指摘、近現代史の場合、中国史のみならず、日本史と連結して説明することによって脈絡を理解できるようになる、自分を読むことも重要な仕事であるが、如何に他人を読めばよいかという問題も重要である、と結んだ。   復旦大学の葛兆光(Ge Zhaoguang)教授は、「蒙古襲来」(1274、1281)「応永の役」(1419)「壬申丁酉の役」(1592、1597)を例にして、国別史と東アジア史の差異を論じた。一国史の視点から見ると、ひとつの円心の中心部は明晰でありながらも、周辺部はぼやけてしまう。もしいくつかの円心があれば、幾つかの歴史圏が形成され、それが重なる部分がでてくる。東アジア史を語る場合、この歴史圏の重なる部分を浮き彫りにする必要がある。たとえば蒙古襲来によって、日本が初めて「神国」と思われるようになり、日本文化の独立の端緒が開かれ、中国の「華夷秩序」から離脱したと日本史には記述される。ところが高麗は蒙古化され、蒙古人が日本に侵略する際、その前線基地になった。一方、中国では蒙古/元朝は「自国史」と見なされ、蒙古襲来は、蒙古と日本と高麗という中国の外で起こったこととされる。東アジア全体の視野で見れば、蒙元の日本侵略(または高麗を従属国にすること)は、東アジアの政治局面のみならず文化的にも各国の自我意識を喚起し、東アジアの「中国中心」の風潮が次第に変わっていくきっかけとなったと解釈できる。同様に、応永の役の発生及び解決は、その後数百年の東アジア国際関係を安定へと導いた。「壬辰の役」は、それまでの安定した東アジア国際関係を大きく揺らし、その後の東アジアが共有していたアイデンティティの崩壊の伏線を引いたが、当時はこの事件も速やかに収まり、東アジアのバランスのとれた局面は、19世紀に西洋諸国が武力を背景に東洋に進出するまで続いた。しかし、中国の歴史では、蒙元の日本侵略と高麗支配は、ただ蒙古人の世界支配の野心の現れに過ぎず、朝鮮の対馬への侵攻も隣国同士の紛争、「壬辰の役」に到ると、日本は侵略者であり、中国は朝鮮の国際的な友人として、両国が手を携えて日本侵略軍を打ち負かしたと明言する。もし歴史学者が東アジア史の視野をもって見直したら、新しい認識がでてくるのではないかと論じた。   東京大学の三谷博名誉教授は、国史たちの対話を促進するために、(1)日本における高校歴史教育課程の改訂について報告し、(2)日本史教科書の中の世界・東アジア記述の問題点を指摘した。日本の高校では「歴史総合」が必修教科となる予定である。「歴史総合」は、(a)世界史と日本史を融合させ、(b)近代史に絞り、(c)アクティブ・ラーニングを推奨する点に特徴がある。しかしながら、このような動向に、学会や教育会が協力するかどうかは未だ明らかではない。日本史の研究と教育において、つい最近生じた隣国との関係悪化は、東アジアの中に日本を位置づけるという研究動向に冷水を注いだ。内外から押し寄せる政治圧力を超えて、長期的に有意味な展開ができるか予断を許さないと述べた。また、長期的には(3)互いに隣国の国内史を学ぶ必要を強調した。日中韓3国の知識人たちの欧米への関心の高さと、隣国への無関心との対照に深い懸念を抱き、国際関係だけでなく、まず相手の国がどんな文脈を持っているかを知らなくてはいけない、隣国の歴史をわかったつもりにならず、互いに、虚心に学び合う、それが「国史たちの対話」の究極の課題であると結んだ。   韓国、中国、日本の歴史の大家の大局的な講演に続いて、6名の中堅若手の研究者からコメントがあった。   北九州市立大学の八百啓介教授は、先ず近代史における対欧米関係と東アジアの視点との比重についての中韓日の相違点を指摘して論点整理を試みるとともに、東アジアの国民国家としての日中韓の立場の相違、前近代東アジア史を国民国家の視点を離れて見直すことによって近代東アジアの国民国家を検証する可能性と必要性を指摘した。   北海道大学の橋本雄准教授は、1402年に執り行われた足利義満による明使接見儀礼を復元し、いかに義満が、明使への配慮や敬意を表しながら、自尊意識を満足させる儀礼に換骨奪胎していたかを詳しく説明した。日本史を描く場合に対外関係史の成果を衍用することは不可欠だが、ただ単に外国史の文脈をナイーヴに読み込めばよいというものではない。双方の文脈に注意しながら各国史料を実証的に突き合わせ、冷静な判断をしていかないと「国史」が偏ったものになってしまうだろう、と指摘した。   早稲田大学の松田麻美子氏は、「中国の教科書に描かれた日本:教育の『革命史観』から『文明史観』への転換」というタイトルで、中国の歴史教科書の変化について報告したが、習近平政権成立後は揺り戻しもおきていると指摘した。   復旦大学の徐静波教授は、東アジアの歴史を正しく認識する際、自国の立場に拘泥せずに、もっと広い視野で見る必要があり、または自国の資料だけでなく、出来るだけ各国の歴史資料や考古学の成果を利用して客観的に考察する必要があると指摘した。   高麗大学の鄭淳一氏は、「国史たちの対話」の進展のためには、これまで行われてきた官民レベルの歴史対話の事例をちゃんと調べ、「国史たちの対話」プロジェクトとの共通点、相違点を分析し、生産的な課題を引き出していくことが大事であると指摘。また、高校生・大学生レベルでの「対話」あるいは学術交流も視野に入れた若手研究者同士の交流を促進する方法、韓国の高校『東アジア史』の経験を参考にして東アジアにおける「国史」の叙述方式を 皆で考える必要があると提案した。   高麗大学の金キョンテ氏は、共通の歴史的事件に関する用語をどう決めるのかという問題をとりあげ、「壬辰倭乱」ではなく「壬辰戦争」という用語がいいと思うが、「韓国の情緒にはまだ早い」という反論があると紹介した。また、「国史教科書」と「国史研究」が持つべき目標」は、「自信感」「誇り」であったが、それはもう有効な目標ではなく、各国の政治的、歴史的な特徴が反映されなければならないと指摘した。   円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」は、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)が、2013年3月にバンコクで開催した第1回アジア未来会議中の円卓会議「グローバル時代の日本研究の現状と課題」をかわきりに検討を重ね、2015年7月に東京で開催したフォーラム「日本研究の新しいパラダイムを求めて」で、早稲田大学の劉傑教授によって提案された「アジアの公共知としての日本研究」を創設するための提案を受けて発展させたものである。本会議は、これから5回は続けるプロジェクトの初回として、第3回アジア未来会議の中で開催された。今後は、テーマを絞りながら、日本人の日本史研究者、中国人の中国史研究者、韓国人の韓国史研究者の対話と交流の場を提供していく予定である。   本プロジェクトのひとつの特徴は言葉の問題である。本会議では、下記6名によって同時通訳が行われた。【日本語⇔中国語】丁莉(北京大学)、宋剛(北京外国語大学)【日本語⇔韓国語】金範洙(東京学芸大学)、李へり(韓国外国語大学)【中国語⇔韓国語】李麗秋(北京外国語大学)、孫興起(北京外国語大学)。今後もできるだけ同じメンバーで続けていきたい。   本会議の講演録は、SGRAレポートに纏め、日本語版、中国語版、韓国語版を発行する予定である。   当日の写真   <今西淳子(いまにし・じゅんこ)Junko Imanishi> 学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(公財)渥美国際交流財団に設立時から常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。また、1997年より異文化理解と平和教育のグローバル組織であるCISVの運営に加わり、(公社)CISV日本協会常務理事。     2016年11月24日配信
  • 2016.11.24

    孫軍悦「第10回チャイナ・フォーラム『東アジア広域文化史の試み』@アジア未来会議報告」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#7)   公益財団法人渥美国際交流財団関口グローバル研究会は、2014年と2015年に清華東亜文化講座の協力を得て、中国在住の日本文学や文化の研究者を対象に、2回のSGRAチャイナ・フォーラムを開催した。2014年の会議では、東京藝術大学の佐藤道信教授が、19世紀以降の華夷秩序の崩壊と東アジア世界の分裂という歴史的背景の下で創られた東アジアの美術史は、美術の歴史的な交流と発展の実態を反映しない一国美術史にすぎないという問題を提起し、一国史観を脱却した真の「東アジア美術史」の構築こそ、東アジアが近代を超克できるか否かの重要な試金石であると指摘した。一方、2015年のフォーラムでは、国際日本文化研究センターの劉建輝教授が、古代の交流史と対比して「抗争史」の側面が強調されがちな近代においても、日中韓三国の間に多彩多様な文化的交流が展開されており、古来の文化圏と違う形で西洋受容を中心とする一つの近代文化圏を形成していたことを明らかにした。   今回は、過去2回のフォーラムの報告者とコメンテーターを討論者として招き、塚本麿充氏(東京大学)と孫建軍氏(北京大学)による二本の報告を基に、今後、東アジアにおける広域文化史の試みをいかに推進していくべきかについて活発な議論を繰り広げた。   まず、塚本氏の報告「境界と国籍―“美術”作品をめぐる社会との対話―」は、日本に伝来した中国・朝鮮絵画や福建、広東など中国の地方様式や琉球絵画といったマージナルな地域で生み出された作品を取り上げ、「国家」という大きな物語に到底収斂され得ない、まさに交流を通して境界で育まれた豊饒な「モノ」の世界を開示してくれた。   孫建軍氏の報告「日中外交文書に見られる漢字語彙の近代」は、1871年に日中間で調印された最初の外交条約「日清修好条規」から1972年の「日中共同声明」までの100年間の外交文書を対象に、日中語彙交流の見地から漢字語彙の使用状況、とりわけ同形語の変遷を考察し、日本語から新漢字を輸入することによって、古い漢字語彙から近代語へと変わっていく現代中国語の形成過程の一端を浮き彫りにした。   前者は、国家の物語に回収され得ない大量な歴史的事象の存在を突きつけることによって、後者は、この国ならではの均質、単一な価値を付与されたものの起源の雑種性を証明することによって、それぞれ、外側と内側から国民国家の文化的同一性の虚構を突き破る報告となった。    討論では、佐藤道信氏はまず、中国大陸や台湾、アメリカ、また関西と関東の様々な美術コレクションに接していた塚本氏の多文化体験に言及し、一国美術史に位置付けられない「モノ」の価値を見出す彼ならではの「鑑賞眼」の養われた背景を説明してくれた。その上、国家の呪縛から解き放たれた後の膨大な「モノ」の世界をいかに整理し、その歴史をどのように語り得るか、という新たな困難な課題を提示し、一国美術史に慣れ親しんだ我々自身の感受性の変革と歴史叙述の創造力が問われていることを示唆してくれた。   稲賀繁美氏(国際日本文化研究センター)は、交易のプロセスに組み込まれた美術品の制作が、最初から享受する者の美意識や趣味、要求を取り入れている事実に注目し、一つの価値体系もしくは「本質」が備わっているとする「一国美術史」の想定自体が、単純すぎるのではないかという疑問を呈した。同じ歴史観を共有することは困難だが、異なる歴史観があるという意識の共有は可能だという言葉が、とりわけ印象的であった。   木田拓也氏(国立近代美術館)は、日本で親しまれ、楽しまれている茶碗が中国に持っていくと、その美が全く認識されないという例をあげながら、他国、他地域の人々と共有しない美意識、価値観の存在もまた厳然たる事実であることを指摘した。「一国美術史」は単に国民国家歴史観の反映ではなく、むしろ国民国家の文化的同一性を創出する装置として、このような均一の価値観や美意識乃至身体性を常に作り続けていることを、木田氏の発言によって改めて意識させられるのである。   董炳月氏と趙京華氏(中国社会科学院文学研究所)は、魯迅による浮世絵のコレクションを整理し、書籍化する過程において、そのコレクションが、「浮世絵」ではないという錯覚すら与えるほど、「浮世絵」に対する我々の常識を揺るがす特異性を持っていることを紹介した。このような書籍の出版自体が、すでに広域文化史の構築へ向けての一つの実践だと言えよう。   林少陽氏(東京大学)も、「中間地域」で育まれた豊饒な「モノ」の世界に注目する塚本氏と同じ関心を共有し、「中間地域」の発見が、日本の一国美術史を相対化することができるだけでなく、中国美術史の一国中心主義的歴史叙述への再検討にもつながると述べている。   一方、孫建軍氏の報告に対し、外交文書を単に言語のデーターベースとして取り扱う方法の妥当性が問われ、具体的な歴史的背景や使用者の現実的状況、外交文書の特殊的性格などを考慮に入れると、言語使用のより豊かで複雑な相貌が浮かび上がってくるのではないかというコメントが多く寄せられた。   様々な専門分野の研究者による多岐にわたるコメントの焦点を明確に示してくれたのはむしろフロアとの短い対話であった。明石康氏(元国際連合事務次長)は、国境を前提とする外交や国際政治の領域と異なり、文化領域こそ「国境」の人為性を相対化することができ、今回のフォーラムに大いに啓発されたと述べた。そして、葛兆光氏(復旦大学)は、国民国家がその成立した瞬間から、つねに自らの文化的同一性を作り続けていて、その文化的アイデンティティの形成の歴史と、その結果としての均質的、同一的文化、価値の存在を決して無視できないことを指摘した。これに対し、劉建輝氏(国際日本文化研究センター)は、このような文化的同一性は決して古くから自然に形成されたものでなく、人為的作為の産物にほかならないこともまた忘れてはならないと釘を刺した。古代と近代の東アジア文化交渉史に関する実証的研究を積み重ねてきたお二人の発言から、歴史的に構築された一国文化史の重みと、多彩な交流を包括する広域文化史への確信がひしひしと感じられた。   今回のフォーラムを通して、多様性と雑種性をも巧みに「国民性」や「国民文化の伝統」に回収する「一国文化史」が今日もなお国民国家の文化的同一性を創出する装置として機能し続けている状況において、「一国文化史」に強く規定され続けてきた我々自身の感受性や価値観、思考様式乃至歴史叙述の言語そのものに抗しながら、新たな広域文化史を紡ぎ出すことの可能性と課題の双方が鮮明に浮かび上がってきたと言えよう。   当日の写真   <孫_軍悦(そん・ぐんえつ)Sun_Junyue> 2007年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。学術博士。現在、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部専任講師。専門分野は日本近現代文学、日中比較文学、翻訳論。     2016年11月24日配信
  • 2016.10.27

    エッセイ509:ラムサル・ビカス「AFC円卓会議『人とロボットの共生社会をめざして』で学んだこと」

    (第3回アジア未来会議「環境と共生」報告#4)   2016年9月29日から10月3日まで北九州市で開催された第3回アジア未来会議は、私にとってとても楽しく、またたくさんのことを学んだ貴重な機会でした。総合テーマは「環境と共生」で、20ヵ国から約400人が参加し、多分野に亘る国際的かつ学際的なセッションがたくさんありました。ここでは、9月30日の午前中に北九州国際会議場で行われた4つの円卓会議の一つである「人とロボットの共生社会をめざして」について報告します。   この円卓会議の発表者は、東京大学名誉教授の井上博允先生、立命館大学教授の李周浩(Lee Joo-Ho)先生、ロシア・カザン連邦大学教授のイヴゲニ・マギッド(Evgeni Magid)先生、九州産業大学教授の李湧権(Lee Yong-Kwun)先生、韓国ROBOTIS社のピョ・ユンソク(Pyo Yoon-Seok)先生、ミュンヘン工科大学教授のディルク・ウォルヘル(Dirk Wollherr)先生、上海交通大学の李紅兵(Li Hongbing)先生の7名で、討論者は東京大学の文景楠(Moon Kyungnam)さんとAtelier OPA代表取締役の杉原有紀さんでした。座長は李周浩先生とイヴゲニ・マギッド先生が務め、使用言語は英語でした。   会議は井上先生の基調講演から始まりました。新しい技術に取り組んでいらっしゃる先生は、「コボット:私たちと協働するロボット(COBOT: Robots that collaborate with us)」というテーマで、iPhoneからプロジェクターに出力して発表をされました。50年以上のロボット研究の経験をお持ちの先生は、ロボットに新しい名前を付けてコボットと呼んでいます。共同作業ロボット(COllaborative roBOT)という意味で、ロボットは人間と共同作業をしているという意味を深めるためです。将来、会社などでロボットは労働者として使われるようになり、人口減少の影響により起こる深刻な問題を解決するロボット・ソリューションについての興味深いお話でした。   李周浩先生は「漫画アニメーションにおけるロボットの社会や人間の共存(Coexisting societies of robots and human beings in cartoon animation)」というテーマで発表されました。日本には多くの漫画やアニメーションがあり、そのいくつかはロボットと人間の共存を扱っている事を知りました。1951年に発表された「鉄腕アトム(Astro Boy)」という漫画が、ロボットに関する10の法則を伝えおり、それを参考にして現在のロボットができたという話は、真実であろうと感じました。1969年に発表された「ドラえもん」は、人間とは違う姿をしていますが、人間と同じように考え、人間のために働いてくれるロボットです。言うまでもなく、ロボットはあくまでも人間のために働いてくれる存在なのです。他にもロボットと人間の共存を示す漫画アニメーションが流行っていますが、結論を言うと漫画アニメーションで見られるものは現実の技術レベル以上です。しかし、いつか必ず私たちの日常生活の中に取り入れられてゆくのだろうと感じました。   イヴゲニ・マギッド先生は「都市捜索救助シナリオにおけるモバイルロボットアシスタント(Mobile Robotic Assistants in Urban Search and Rescue Scenarios)」というテーマで発表されました。人間が行くことができない環境と危険な場所に、人間の代わりに行ってくれるモバイルロボットの活用についての発表でした。この発表では起伏の多い地形や瓦礫などで救助が困難なときに、安全でより良い経路を見つけるロボットが、被災地でとても役に立つ事が示唆されています。   李湧権先生は「九州産業大学のヒューマンロボティクス研究センター(HRRC)における研究活動(Research Project of Human-Robotics Research Center in Kyushu Sangyo University)」というテーマで発表されました。リハビリや介護の現場は人手不足が問題になっているため、それを解決するリハビリロボットの開発についての発表でした。現在では、高齢者や脊損患者のリハビリ支援に役立つロボット、全身性麻痺患者用移動支援ロボットや、ベッドの上での生活を介助するロボット開発が進んでいる事がわかりました。   ピョ・ユンソク先生は「なぜ『ヒューマノイド』が必要とされるのか?(Why is “HUMANOID” requested?)」というテーマで発表されました。人間との共生の視点から人間型ロボットの利点、人間型ロボットの外見から機能までの開発条件、人間と人間型ロボットの間の望ましい共存のための予見などについての発表でした。   ディルク・ウォルヘル先生は「人間環境におけるロボットアクションの相互作用の意識(Interaction-awareness for robot action in human environments)」というテーマで発表されました。自然で直感的なロボットアクションは、人間の環境で採用される将来のロボットの受け入れ先を増やすための鍵だということを教えて頂きました。人間は新しい状況に適応する能力を持っている。この人間との対話を目指すロボットは直感的なインターフェイスを持つことが、特に重要になると力説されました。   李紅兵先生は「手術用ロボットの力感知および制御(Force sensing and control for surgical robots)」というテーマで発表されました。現在多くの低侵襲性外科手術の手順は、遠隔操作ロボットシステムを用いて行われていますが、このような一般的なシステムでは外科医の「微妙な力加減」のコントロールシステム(フィードバックシステム)が内蔵されていません。特に、人の持つ組織は繊細なため、外科医に与える触覚的なフィードバックの欠落は、安全で複雑かつ繊細な手術においてボトルネックになっています。そのため手術ロボットの失敗操作が多いという事を知りました。このような失敗をなくすために、力のフィードバックシステムを内蔵した施術ロボットの開発に取り組んでいるそうです。   以上がロボット技術者からの発表でした。最後に、招待討論者の杉原さんは、噴水指輪のデザインと開発を紹介し、ロボット開発にもデザインが大事だということを発表されました。   同じく招待討論者の哲学者である、文景楠さんがいくつかの大事な点をコメントされました。多方面におけるコメントでしたが、一番話題になったのは「ロボットが失敗したら、だれの責任か?」という質問でした。その答えは、開発者の責任になるとも言えますが、私は技術者としてロボットを制御する人の責任でもある、と発言しました。   本会議で色々な種類のロボットについて学ぶ事ができました。ロボットと人間がどのように共存する社会を目指していくか、様々な事を考えました。問題点は多くありますが、技術者は問題解決に向け日々研究を行っている事を知ると共に、ロボット技術の研究開発には、ただ技術者だけではなく哲学者やデザイナーなど理系、文系の枠を超えた学際的なアプローチが必要だという事がよくわかりました。   当日の写真   <ラムサル・ビカス Lamsal Bikash> 渥美国際交流財団2016年度奨学生。トリブバン大学科学技術学部。物理学科を終えて、2010年1月に日本語学生をとして日本へ来日。2014年3月に足利工業大学大学院修士課程を取得。2014年4月から足利工業大学大学院博士課程情報・生産工学専攻に入学。現在は顔検出技術について研究中。
  • 2016.10.06

    第3回アジア未来会議「環境と共生」報告

    2016年9月30日(金)~10月2日(日)、北九州市において、二十日ヵ国から397名の登録参加者を得て、第3回アジア未来会議が開催されました。総合テーマは「環境と共生」。北九州市は製鉄業をはじめとする工業都市として発展しましたが、1960年代には大気や水の汚染により、ひどい公害が発生しました。その後、市民の努力により環境はめざましく改善され、2011年には、アジアで初めて、経済協力開発機構(OECD)のグリーン成長モデル都市に認定されました。第3回アジア未来会議では、このような自然環境と人間の共生はもとより、さまざまな社会環境や文化環境の中で、いかに共に生きていくかという視点から、広範な領域における課題に取り組み、基調講演とシンポジウム、招待講師によるフォーラムや円卓会議、そして数多くの研究論文の発表が行われ、国際的かつ学際的な議論が繰り広げられました。   開会に先立つ9月29日(木)午後7時、北九州国際会議場において、第10回SGRAチャイナフォーラム「東アジア広域文化史の試み」が開催されました。SGRAが毎年秋に北京を始め中国各地で開催しているフォーラムを、今回はアジア未来会議にあわせて日本で実施したもので、過去2回のフォーラムの論点に沿ってさらなる研究成果が報告され、今後の展開に繋げました。   翌、9月30日(金)午前9時から12時半まで、北九州国際会議場では4つのフォーラムと円卓会議が同時に開催されました。どの会場も大入り満員で、グローバルな課題に取り組む活発な議論が展開されました。   ◇円卓会議「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」(助成:東京倶楽部) この円卓会議では、東アジアの歴史和解を実現するとともに、国民同士の信頼を回復し、安定した協力関係を構築するためには歴史を乗り越えることが一つの課題であると捉え、中国の「国史」、日本の「国史」、韓国の「国史」を対話させることが大事であることを確認しました。将来的には「国史」研究者同士の交流によって共有する東アジア史に繋がっていくことが期待されます。今回は今後5回程度のシリーズの初回と位置づけられ、日本、中国、韓国の歴史研究者が集まって「国史たちの対話」の可能性を検討しました。(日中韓同時通訳付き)   ◇円卓会議「東南アジアの社会環境の変化と宗教の役割」(助成:国際交流基金アジアセンター) この円卓会議では、宗教が本来人間や社会を幸福にするために生まれたものであるにもかかわらず、近年は対立や衝突の原因と見なされがちである現状を踏まえ、民族と宗教のモザイクで構成され、各国で固有の宗教と社会の関係が見られる東南アジア各国の事例を基にして、この地域から招待する研究者、日本で研究活動を行う外国人及び日本人研究者が共に、宗教と社会のかかわり、社会変化と宗教の役割などの普遍的なテーマを議論しました。(使用言語:英語)   ◇円卓会議「人とロボットの共生社会をめざして」(助成:鹿島学術振興財団) この円卓会議では、(1)ロボットが日常生活の中に入る時、どのように人々とかかわり合い、どんな働きをすべきか、(2)人々とロボットが信頼関係を作り、共生できる社会は実現できるか、(3) ロボットは、従来の「人を模した相互作用対象」という限られた役割を超え、人間社会の中で、高度に知的で創造的な協調活動を誘発し、人々の間の相互作用の質を向上させる新たな役割を担うようになるか、等の問題意識に基づき、理工系研究者の発表の後、若手の哲学、デザインの研究者を交えて、人とロボットが共生する近未来の社会を構想しました。(使用言語:英語)   ◇AGI経済フォーラム「アジアの人口問題と対策」(主催:アジア成長研究所主催) 北九州市に本拠を置くアジア成長研究所主催の本フォーラムは、「アジア諸国は目下、少子高齢化、人口減少、人口移動、人口の都市化、外国人労働者の流入、性差などのような多くの人口問題を抱えており、これらの問題について網羅的に吟味し、対策を打ち出すことが急務となっている」という問題意識に基づき、アジア成長研究所の4名の専門家が、アジア諸国が直面している様々な人口問題を取り上げ、その実態、経済社会に与える影響、対策、他のアジア諸国への教訓などについて検証しました。(使用言語:英語)   昼食休憩の後、午後3時、北九州国際会議場メインホールにて開会式が始まり、第3回アジア未来会議を共催する北九州市立大学の近藤倫明学長の歓迎の挨拶の後、明石康大会会長が開会を宣言しました。引き続き、トヨタ自動車のMIRAIチーフエンジニア田中義和氏による「燃料電池自動車MIRAIの開発と水素社会の実現に向けたチャレンジ」と題した基調講演がありました。その後、北九州市立大学創立70周年記念シンポジウム「持続可能な発展とアジア市民社会-水素エネルギー社会の実現を目指して-」が開催され、北九州市で環境問題に取り組む市民活動について、研究員、NPO、起業家からの活動報告がありました。   フォーラムの講演一覧   最後に、松元照仁北九州副市長の祝辞をいただいた後、北九州市立大学創立70周年を祝して大学の研究成果の麹と地域民間企業のコラボが醸造する日本酒「ひびきのの杜」で鏡開きが執り行われました。参加者がホールを出ると、奇跡的に雨が止んだ中庭で、ジャズ演奏を聴きながら、そのお酒が300名を超える参加者に振る舞われてウェルカムパーティーが始まりました。アジアを中心に各国から集まった参加者が小倉名物の屋台によるB級グルメを楽しんだ後、小倉祇園太鼓の演奏に続いて、いよいよ今回の目玉イベントであるプロジェクションマッピングで、北九州の1500年の歴史を3分で纏めた影像が国際会議場中庭の大壁面に放映されました。   10月1日(土)、参加者は全員、小倉駅からモノレールで北九州市立大学北方キャンパスに移動し、8つの自主セションを含む58の分科会セッションに分かれて225本の論文発表が行われました。アジア未来会議は国際的かつ学際的なアプローチを目指しているので、各セッションは、発表者が投稿時に選んだ「平和」「幸福」「イノベーション」などのトピックに基づいて調整され、学術学会とは違った、多角的かつ活発な議論が展開されました。前日の招待フォーラムの講師を含む延べ109名の方に多様性に富んだセッションの座長をお引き受けいただきました。ポスター発表は地下一階の休憩所に隣接して行われました。休憩時間には北九州市立大学の学生やボランティアによるピアノの演奏やお茶のお点前があり、国際交流の雰囲気を盛り上げました。   各セッションでは、2名の座長の推薦により優秀発表賞が選ばれました。 優秀発表賞の受賞者リスト   また、本会議では10本のポスターが掲示されましたが、AFC学術委員会により2本の優秀ポスター賞が決定しました。 優秀ポスター賞の受賞者リスト   さらに、優秀論文は学術委員会によって事前に選考されました。2015年8月31日までに発表要旨、2016 年2月28日までにフルペーパーがオンライン投稿された115本の論文を13のグループに分け、ひとつのグループを4名の審査員が、 (1) 論文のテーマが会議のテーマ「環境と共生」と適合しているか、 (2) わかりやすく説得力があるか、(3) 独⾃性と⾰新性があるか、(4) 国際性があるか、(5) 学際性があるか、という指針によって審査しました。各審査員は、グループの中の9~10本の論文から2本を推薦し、集計の結果、上位20本を優秀論文と決定しました。 優秀論文リスト     フェアウェルパーティーは、同日午後7時から、ステーションホテル小倉において開催され、今西淳子AFC実行委員長の会議報告のあと、北九州市立大学の漆原朗子副大学長による乾杯で始まりました。食事が終わる頃、AFC学術委員長の平川均国士舘大学教授から選考報告があり、優秀賞の授賞式が行われました。授賞式では、優秀論文の著者20名が壇上に上がり、明石康大会委員長から賞状の授与がありました。続いて、優秀ポスター賞2名、優秀発表賞50名が表彰されました。パーティーの最後に、韓国未来人力研究院院長の李鎮奎高麗大学教授から第4回アジア未来会議の概要の発表がありました。   10月2日(日)参加者は、それぞれ、水俣スタディツアー、秋吉台・萩観光、北九州市内観光、北九州環境スタディツアー、温泉体験などに参加しました。   第3回アジア未来会議「環境と共生」は、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)主催、北九州市立大学と北九州市の共催、外務省と文部科学省の後援、国際交流基金アジアセンター、東京倶楽部、鹿島学術振興財団、北九州市の助成、九州経済連合会、アジア成長研究所の協力、そして、麻生セメント、カジマ・オーバーシーズ・アジア、 鹿島建設、鹿島道路、 九州電力、九州旅客鉄道、九電工、コクヨ、スナヤン開発、ゼンリン、第一交通産業、中外製薬、テノ・コーポレーション、TOTO、西日本産業貿易コンベンション協会、本庄国際奨学財団、三井住友銀行、米良電機産業、門司港運、安川電機、山口銀行からのご協賛をいただきました。   運営にあたっては、元渥美奨学生を中心に実行委員会、学術委員会が組織され、フォーラムの企画から、ホームページの維持管理、優秀賞の選考、当日の受付まであらゆる業務を担当しました。また、北九州市立大学にも実行委員会が開設され、延べ120名を超える教員、職員、学生ボランティアのご協力をいただきました。   400名を超える参加者のみなさん、開催のためにご支援くださったみなさん、さまざまな面でボランティアでご協力くださったみなさんのおかげで、第3回アジア未来会議を成功裡に実施することができましたことを、心より感謝申し上げます。   アジア未来会議は、国際的かつ学際的なアプローチを基本として、グローバル化に伴う様々な問題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化など、社会のあらゆる次元において多面的に検討する場を提供することを目指しています。SGRA会員だけでなく、日本に留学し現在世界各地の大学等で教鞭をとっている研究者、その学生、そして日本に興味のある若手・中堅の研究者が一堂に集まり、知識・情報・意見・文化等の交流・発表の場を提供するために、趣旨に賛同してくださる諸機関のご支援とご協力を得て開催するものです。   本会議は2013年から始めた新しいプロジェクトで、当初10年間で5回の開催を計画しましたが、既に3回の会議を成功裡に終えることができたので、2020年以後も開催を続けることになりました。第4回アジア未来会議は、2018年8月24日から27日まで、韓国ソウル市で開催します。皆様のご支援、ご協力、そして何よりもご参加をお待ちしています。   第4回アジア未来会議チラシ   第3回アジア未来会議の写真(ハイライト)   フェアウェルパーティーの時に映写した写真(動画)     (文責:SGRA代表 今西淳子)     2016年10月6日配信