2008年7月20日(日)、午後2時から夕食の時間を挟んで夜の9時まで、鹿島建設軽井沢研修センター会議室にて、「オリンピックと東アジアの平和繁栄」と題した第32回SGRAフォーラムin軽井沢が開催された。
「東アジアの安全保障と世界平和」研究チームとしては2004年度の第16回フォーラムに続いて二度目の軽井沢でのフォーラム主催である。今回のフォーラムはこの2004年度のフォーラムへの評価と反省の上に企画された。東アジアにおける安全保障の問題を、アメリカを中心とした軍事同盟システムの形成と展開から考えてみようとした前回の夏のフォーラムは、それぞれのテーマに精通した専門家たちによる充実した報告と討論など非常に実りの多い企画であったにも拘わらず、「軍事同盟」という物騒な用語が醸し出す異様さと堅さのために、一般の関心を十分に引き止めるのに限界があったように思われた。そこで今回は身近なテーマを素材に誰でも話せる安全保障論として「オリンピックと平和の問題」を考えてみよう、ということになった。丁度、8月8日開幕の北京オリンピックを間近に控えた時期でもあり、うってつけなテーマと思われたが、それ以上に次のような、更に重要な事実を考慮にいれた選定であった。
第一に、オリンピックは戦争と平和の問題と深く関わっている。オリンピックは戦争を制御し平和の可能性を高めるための祭典であると謳われつつも、大国間の戦争や葛藤によってそのオリンピック精神は何度も侵されてきた。第二に、オリンピックは開催国の政治的安定と経済的繁栄、国際的地位の向上などの問題と深く関わっていた。開発途上国から先進国への入り口にある国々にとっては、特にそうであった。これと関連するが、第三に、東アジアでは偶然にも約20年おきに日本・韓国・中国が順にオリンピックの開催国となり、地域における政治・経済的変化を誘発してきた、という点である。
フォーラムでは今西淳子・SGRA代表の挨拶に続き、4人の講師による基調講演及び研究報告と3人の討論者による約定討論が行われた。その内容を要約すると次の通りである。
まず清水諭先生(筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授)による基調講演があった。清水先生は、北京オリンピックの聖火リレーをみつめる様々な眼差しと思惑について紹介しつつ、オリンピックの持つ強烈な政治性とスポーツビジネスに縛られたアスリートたちの群像に触れ、オリンピックの儀礼的行為に映し出される権力関係とグローバル資本の論理に注意を払う必要性を訴えた。そして現在、オリンピックはIOCのコントロールの範囲をはるかに超えてしまい、もはやオリンピック運動は「内破(implosion)」しているのではないか、と問題を提起された。更に清水先生の話のなかで、北京への聖火リレーは時間を遡って東京オリンピックでの聖火リレーに繋がり、日本国内での出発点となった沖縄での聖火リレーに辿り着く。その過程では、いつの時のオリンピックもナショナリズムとアイデンティティの政治とは不可分の関係にあったことが明快に示された。にも関わらず、清水先生はオリンピックという名の下で「スポーツとしての文化が(権力関係の)境界線を超越する契機となり、様々な人々を瞬時につなぐ大きな力を内包していること」にも理解を示し、そこから「境界を越え出る可能性を見出すことが重要」であると強調された。
基調講演に続き、東京・ソウル・北京オリンピックについての報告が、順に日本・韓国・中国の研究者によって行われ、それぞれの報告について韓国・中国・日本の研究者が約定討論を行った。第一報告者である池田慎太郎先生(広島市立大学国際学部准教授)からは、「日本から見たオリンピック―東京オリンピックと1960年代の東アジア」というテーマで報告があり、日中戦争の本格化と共に幻と消えた1940年東京オリンピックの話から始め、1964年のオリンピック開催に至るまでの経緯とそこに現れる日本政府の思惑について教えていただいた。そして、東京オリンピックに参加できなかったインドネシアと北朝鮮、中国、参加はしたものの呼称の問題で不満を抱いていた台湾(中華民国)など、東京オリンピックの背後で揺れ動いていた東アジアの国際政治について説明があった。池田先生の報告から、「先進国クラブ」入りを目指した日本外交の様子と、「先進国クラブ」の運動会と化したオリンピックに対する東アジア諸国の反発が鮮明に対比され現れてきた。また、報告の最終章で描写したように東京オリンピック以後の東アジア国際政治の展開をあわせ考えると、東京オリンピックはまさに、東アジア国際政治の重大な転換期に開催されていたことがよく分かってきた。池田先生の報告について約定討論者の全鎮浩先生(韓国・光云大学国際協力学部助教授)は、東京オリンピックを開催するに当たって日本政府が目指したものはもっぱら国内用であるように思われるが、結局それは東アジアに何をもたらしたのか、という本企画の核心をつく問題を提起された。そして、議論の余地が十分あることを承知の上、オリンピックとは「スポーツの祭典」であることに満足すべきか、そうでなければ何らかの理念を掲げるべきか、という質問を投げかけた。
次に朴榮濬先生(韓国国防大学校副教授)は「韓国から見た東アジアのオリンピック―2028年平壌オリンピック?」と題した第二報告で、ソウルオリンピック開催への経緯と韓国政府の思惑及び準備過程などについて紹介し、韓国政府内でオリンピック構想が東京オリンピックをモデルとして誕生し、準備過程においても大いに意識されていたことについて触れられた。またオリンピック開催に向け韓国政府が積極的な南北政策および対外政策を展開し、南北同時国連加盟やソ連や中国などとの関係正常化に繋がったこと、などを成果として挙げた。そして、人権問題などでも国際的基準を受け入れ、韓国がより世界に開かれた国になり、国民一般には経済的にもより豊かな社会を目指すことを動機付けたイベントであったと評価した。その上で、東アジアでほぼ20年おきにオリンピックが開催されるパターンから考え、北朝鮮が2028年の平壌オリンピック開催に「強盛大国」への可能性を見出し、改革開放の道を選択してほしいという希望を述べることで報告を結んだ。朴先生の報告について李鋼哲先生(北陸大学未来創造学部教授)は幼いときの体験談を交えながら、スポーツイベントを通じた個人的な感動もさることながら、世界的な規模で緊張緩和と平和構築に繋がることにオリンピックの意義があると強調した。その意味でソウルオリンピックは冷戦の解体を促したところに貢献したと評価し、北京オリンピックはグローバル化の時代における新しい理念と理想をもっと積極的に謳っていいと主張した。李先生の討論に続き、朝日新聞アジアネットワーク担当部長の川崎剛先生に飛び入りの討論者として参加していただき、貴重な体験談を聞くことができた。ソウルオリンピックのプレ・オリンピックとして位置づけられた1986年のアジア大会を取材するためソウルで一ヶ月間滞在したことのある川崎先生は、ソウルでの中国報道フィーバーと、その後の民主化など、韓国社会の劇的な変化振りには目を見張るものがあったと当時の感想を述べられた。加えて、アフリカ特派員だったころの話として、2004年のオリンピック開催候補地として名乗りをあげたケープタウンがアテネと競合し招致に失敗した瞬間のアフリカ人たちの失望感を伝え、アジアだけでなく、もっと広くオリンピック開催の機会が与えられるべきであると訴えた。
最後に劉傑先生(早稲田大学社会科学総合学術院教授)の報告があった。劉先生は「北京オリンピックが中国にもたらずもの」というテーマで語る中、北京オリンピックが中国が抱える様々な問題と矛盾を表面化する反面、中国社会の透明性を高め、中国政府が国際社会との協調をより好むようになる機会でもあると分析した。問題はオリンピック後の国内政治であるが、劉先生は、(1)全面的な引き締め、(2)官民対話、(3)対外協調と対内引き締めの調整、という三つのシナリオを想定し、中国政府は国内政治の安定を優先しながら漸進的変革を図るという、安定のほうに重きをおいた「安定と変革」というスローガンのもと、「近代国家、統一国家、国際貢献」という21世紀における三つの国家目標を実現していくだろうと展望した。これについて木宮正史先生(東京大学総合文化研究科准教授)は、留学生としてソウルオリンピックを観戦した経験談を紹介し、オリンピックという国際イベントが韓国社会の国際化の契機になったということ確かであると認めつつも、現在においては国際化の意味も変化しているのではないか、また、社会の国際化は普遍的な価値規範の浸透をも意味するが、中国社会がこれにどう応えていくのかが問題であると指摘した。また、オリンピックを契機に増していくと思われる中国のソフトパワーが東アジアの力関係にどのような変化をもたらすかを考えてみる必要があると指摘した。
総合討論では6名のSGRA会員による質問があり、以上の報告と討論が逃した重要な問題への指摘があった。まず、シンガポール出身のシムさんから発言があった。シムさんはフィリピン・カンボジア・ベトナムなど東南アジアをまとめた代表としてオリンピックを見つめるもう一つのアジアの視点を提供した。「シンガポールは金はあるが場所がない、フィリピンとカンボジアは今は金がない、ベトナムはやりたい」として2028年は平壌ではなくハノイ大会になるべきだと主張した。またナショナリズムを煽ってメダル競争に走るスポーツ強国の失態を批判し、メダル獲得からは程遠い4カ国からの発案として、五輪の名に相応しくすべく世界を大陸ごとに五つのチームに分け競わせることで「真の平和祭典」を目指してはどうかと提案した。笑いを誘った発言であったが重要な問題提起であったと思う。
次にロシアのヤロスラブさんは、ロシア出身でありながらも、極東ロシアのハバロフスクに生まれ育ったことから、東アジア出身ともいえる独特の立場から考えてみたいと発言した。フォーラムで議論していた「東アジア」の枠組みはやや狭いのではないかとの批判に聞こえた。更には、夏のオリンピックだけでなく冬のオリンピックも題材として取り上げるべきであり、その場合、議論はもっと膨らむのではないかと指摘した。その通りだと思い、企画した側の反省点として残った。
内モンゴル出身であるネメフ・ジャルガルさんの発言からは中国のなかにもう一つの視点があることを知らされた。オリンピック開催に向け環境保護政策が強まるにつれて、黄砂の発生源と指された内モンゴルでは「禁牧」と「生態移民」政策が強行され、地元の生活が大変な状況に陥っているとの指摘であった。これに反して、北京の最大のエネルギー供給地である内モンゴルでは、炭鉱の開発と火力発電所の建設が急ピッチで行われ、その結果、環境破壊が進んでいるとのことである。生活無視の環境保護と利益移転の環境破壊が同時進行するジレンマを抱えている状況がよく伝わった。
ウクライナ出身のオリガさんは、オリンピックは国民統合の「思想」として、国民のアイデンティティを確認しあう「盛り場」として、世代意識を共有する「歴史」として、またグローバル化の時代においてローカルな文化をアピールする「見せ場」として、様々な形で存在しているため、そのような複眼的な視点から捉えるべきであると強調した。
韓国出身の陸さんは、オリンピックがある種の政治的目的を含んでいるという前提を認めるなら、果たして「オリンピックの成功」とはどういうものであるかを根源的に考えなければならないのではないかと問題を提起した。
最後に、中国出身の王さんは、北京オリンピックの日程が現地の事情を無視して、アメリカのメディアの都合で決まるのは問題ではないか、中国の社会主義がアメリカの資本主義に負けたともいえるこの実態をどう考えるべきか、と指摘した。
フロアーからの発言がコメントばかりになることに老婆心を起こした司会者の私が、せっかくの報告なのでいくつか質問をしたいと、時間をつぶしてしまうような好ましからぬ展開もあったが、議論は白熱し漸入佳境であった。終了予定の時刻が迫り、どう締めくくればよいのか判断しかねているとき、最終総括の清水先生から次のような総括評価が下された。「いろいろな文脈、いろいろな文化的なところからオリンピックをこのようにいろいろな人が語り合えるという、これまさにオリンピック!」という総括。まさにその通りであると思い、心から感謝した。短い準備期間にも拘わらず、濃密な内容の報告と討論にまとめていただいた講演者と討論者の先生方、的確な指摘と味のある語り口で議論を盛り上がらせていただいたフロアーからの質問者の方々、最後まで緊張の糸を絶やすことなく集中して傾聴していただいた聴衆の皆様、そして、このような場を設け支援していただいた渥美財団とSGRA事務局の方々、すべてに深く感謝の心を伝えたい。
さて、いよいよ北京オリンピックの開催である。是非ともこの史上最大のスポーツイベントが「東アジアの平和と繁栄」に寄与し、世界の人々が「オリンピックの成功」を語り続けていけることを、本フォーラムの企画者の一人として願わずにはいられない。
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<南基正(ナム・キジョン)、 Nam, Ki Jeong>
ソウル大学外交学科卒業。東京大学総合文化研究科より博士。論文は「朝鮮戦争と日本-『基地国家』の戦争と平和」。韓国・高麗大学平和研究所専任研究員、東北大学法学部教授を経て現在、韓国・国民大学国際学部副教授。SGRA研究員として「安全保障・世界平和」研究チームのチーフを務めている。
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