SGRAイベントの報告

第36回SGRAフォーラム in 軽井沢「東アジアの市民社会と21世紀の課題」報告

2009年7月25日(土)午後2時より9時30分まで、軽井沢にて「東アジアの市民社会と21世紀の課題」をテーマに第36回SGRAフォーラムが開催された。

「良き地球市民の実現」を基本的な目標に掲げるSGRAは、2000年7月の設立以来、常にグローバル化と同時に市民社会に注目して研究活動を続けている。今回のシンポジウムはその一環として、「グローバル化と地球市民」研究チームが担当した。本フォーラムは、東アジアという地域の中でも特に、日本・韓国・フィリピン・台湾・香港・ベトナム・中国において市民社会とは何かという疑問を様々な角度から考察し、意見交換する場として実現した。東アジア各国の「市民」とは何か、NGO及びNPOなどの市民社会運動体の現状を、ヨーロッパ的な市民社会の背景と比較したうえで考え直す試みであった。

フォーラムでは、今西淳子代表の開会挨拶に続き、7人の先生方及びSGRA研究員による研究発表が行われた。まず、本シンポジウムの基調講演として、宮島喬氏(法政大学大学院社会学研究科教授)が「市民社会を求めての半世紀ヨーロッパの軌跡とアジア」というテーマの発表をした。宮島氏は、国境なきヨーロッパを作ることを目標とするEUとヨーロッパ市民社会の伝統・その現実との関連、その展望と問題点について述べた。特に、第二次世界大戦後、アジア諸国は独立国家を目指し、その過程でナショナリズムが高揚したが、それに対して、戦後ヨーロッパは、国家ナショナリズムは悪という自覚から出発していることを指摘した。「市民社会」というキーワードの出自であるヨーロッパを今回のシンポジウムの基調講演のテーマに設定したのは、東アジアの現実と可能性を意識しているからである。しかし、国家単位を超え、一つの共同体として変容していくヨーロッパとは異なり、東アジアにおいては、ASEANを除けばまだ実現していない「国境を越えた地域統合」は今後の課題である。特に難民や移民の受け入れに対する、ヨーロッパの国々の義務感、人権意識が強調された。

2番目の都築勉氏(信州大学経済学部教授)の発表は近代日本の市民社会政治の研究者の立場から「『市民社会』から『市民政治』へ」というテーマだった。都築氏は「市民社会」というキーワードで、近代日本とりわけ戦後社会の変遷、60年安保における市民運動の誕生の経緯や、その影響と発展などについて紹介した。そして、党派のセクト主義、偏狭的なナショナリムを超えるような「アソシエーション的新しい市民政治」の可能性を呼び掛けた。氏の発表は日本の国内レベルでは、市民の主体性につながる市民と政府の契約の結びなおしの可能性、国外のレベルでは日本とアジア、特に東アジアの連帯の可能性への期待を感じさせた。
 
3番目の発表者の高煕卓氏(延世大学政治外交学科研究教授、SGRA「地球市民研究チーム」チーフ)は「韓国の市民社会と21世紀の課題:『民衆』から『市民』へ~植民地・分断と戦争・開発独裁と近代化・民主化~」という発表をした。高氏は19世紀末の植民地期間における「民衆」「人民」という語の意味から、解放・南北分断後、60~70年代の開発独裁と近代化期間の民主化運動におけるこれらの言葉の意味の変化と表わし方の変容までの歴史を紹介し、市民政治の今日における韓国での意味・問題点を紹介した。「市民」が肯定され、「非営利民間団体支援法」が誕生したのは2000年のことであり、それが韓国の市民社会の芽生えだと位置づけた。高氏の発表では、下からの民主主義の歴史を誇る韓国の現代史の独自性が印象的であった。高氏は今回のシンポジウムの企画・実施のためにたいへんご尽力をいただいたキーパーソンでもある。
 
4番目の発表者は中西徹氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)であり、氏のテーマは「フィリピンの市民社会と21世紀の課題:「フィリピンの『市民社会』と『悪しきサマリア人』」である。中西氏は、塔に先に上った人々が「梯子を外す」ということに譬えながら、開発経済学の「新自由主義」によって強化された先進国の抑圧的な構造を紹介した。つまり、「国際社会におけるBad Samaritan (IMF、世界銀行、WTOなどの国際機関、及びそれらを支えている先進国)」との関係性の中で、フィリピンが発展途上国の貧困から抜け出すことが出来ないと指摘した。しかし、フィリピンの農村の人々が既に有しているコミュ二ティの資源を利用して、その固定的な階層社会を相対化し流動化していることを紹介し、貧困層が権利獲得と自立のためにネットワークを形成するという意味で市民社会の可能性を提示した。
 
5番目の発表は林泉忠氏(琉球大学准教授/ハーバード大学客員研究員、SGRA研究員)による発表である。林氏の発表は、「台湾・香港の市民社会と21世紀の課題:『国家』に翻弄される『辺境東アジア』の『市民』~脱植民地化・脱「辺境」化の葛藤とアイデンティティの模索~」というテーマだった。林氏は台湾・香港を例に、この二つの地域における市民社会形成の特徴を纏めつつ、それと「国家」との関係、植民地の歴史との関係を提起した。氏はこの二つの異なる地域における市民社会の形成の過程と民主化との関係、アィデンティティ形成との関係を示した。
 
6番目発表者であるブ・ティ・ミン・チィ氏(ベトナム社会科学院人間科学研究所研究員、SGRA会員)は、「ベトナムの市民社会と21世紀の課題:変わるベトナム、変わる市民社会の姿」という発表をした。ブ氏は社会学的な角度からこの15年間におけるベトナムの「市民社会」という「デリケート」な用語・概念自体の変遷を具体的なデータで示し、NGO組織、CGO組織のなどの増加の傾向を提示した。ブ氏は同時にべトナムの市民社会の形成の経緯・現状とその可能性を、中国、シンガポールなどの国と比較した。

最後の発表者は劉傑氏(早稲田大学社会科学総合学術院教授)であり、テーマは「中国の市民社会と21世紀の課題:模索する『中国的市民社会』」である。劉氏は中国の現代における「1949年」と「1978年」(とりわけ後者)の意味を強調し、さらにオリンピックと四川省の大地震後の民間組織とボランティア活動が盛んであった「2008年」を「中国公民社会元年」と位置づけた。また、劉氏は「公民社会」というキーワードで中国の市民社会の独自な文脈を強調し、同時に「知識界」という用語で、台頭する民族主義を、知識人が批判していることを取り上げつつ、中国の知識人の中国の「公民社会」の形成における役割を紹介した。劉氏は、インターネットと「公民社会」との関係、若い世代と「公民社会」との関係、「公民社会」と民族主義との関係を提示した。

夕食後、午後7時30分~9時まで、孫軍悦氏(明治大学政治経済学部非常勤講師、SGRA研究員)を進行役に、上記の講演者・発表者をパネリストとして、「東アジアの市民社会と21世紀の課題」をテーマとするパネル・ディスカッションを行った。パネル討論ではたくさんの質問が寄せられ、パネリストによる返答・討論を行った。東アジアが今後一つの共同体として姿を形作るには、まだ時間がかかることを認めたうえで、様々な経済的・政治的な問題が課題として残されていることが討論された。今回のフォーラム自体が「東アジア」という単位で考えるための一つの試みであったことは最も大きな成果だと考えられる。これからの東アジアの有様は、中国の国際プラットフォームでのステータスの上昇に大きく左右されると考えられる。また東アジア地域が戦争の負の記憶を乗り越え、新たな連帯・協力の体制を作るのがこれからの課題であろう。その過程において経済的にも比較的に余裕のある日本が自発的に協力・統合を呼びかける役割を果たすべきではないだろうか。

当日の写真は、下記からご覧ください。

足立撮影
マキト、郭栄珠撮影

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<林少陽(りん・しょうよう)☆Lin Shaoyang>
厦門大学卒業後、吉林大学大学院修士課程修了。学術博士(東京大学)。1999年来日。東京大学博士課程、東大助手を経て東京大学教養学部特任准教授。著書に『「文」与日本的現代性』(北京:中央編訳出版社、2004年7月)、『「修辞」という思想:章炳麟と漢字圏の言語論的批評理論』(白澤社、近刊)及び他の日本・中国の文学・思想史関係の論文がある。SGRA研究員

<Kaba Melek(カバ・メレキ)>
トルコ出身。2003年来日。現在、筑波大学人文社会科学研究科文芸言語専攻博士課程後期に所属。専門分野は比較文学・文化。SGRA会員
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