2013年蓼科レポート



蓼科への旅行の出欠を確認した5月初旬、7月5日出発予定の旅行なんて、まだまだ先のことだとばかり考えていた。私だけでなく、博士論文で目が回るほどの忙しい毎日を送っている2013年度奨学生の皆も、同様の思いを抱いていたようだった。旅行の途中、何度もそのような共感を確認し合う会話を交わしたことを覚えている。

7月5日(金)

出発当日の朝は、少し曇り気味で、8時45分の新宿集合に間に合わせるために、いつもより早起きをしなければならなかった。集合時間に合わせて指定された場所に行ってみれば、すでにかなりの人数が着いていた。1ヶ月ぶりに顔を合わせたことに加え、朝早く(!)であったこともあり、バスに乗ってからも今期奨学生の間には、ほんの少しだけよそよそしい空気が流れていた。というのも、ほとんどの人が2人掛けの席を1人で占め、会話の声もあまり聞こえてこなかったのである。

渋滞も無く、2つのサービスエリアを経て、最初の目的地であるSUWAガラスの里に到着した。曇り気味の空の色を帯びた諏訪湖は、不思議な静寂感に包まれていた。同館のレストランでの昼食は、その諏訪湖を一望しながらのパンのバイキングだった。

美味しい食事を終え、ガラスの工芸品を鑑賞した後、バスに乗って諏訪大社へと向かった。日本で最も古い神社の1つであり、全国の諏訪神社の総本社であるだけに、その荘厳たる雰囲気には何かを圧倒するようなものを感じた。深い緑の巨木に囲まれ、心機が一洗せられる思いで、長い廊下を2度も歩いた。また、おみくじを引いて、その内容を読み比べる人々もおり、それぞれ諏訪大社を堪能していた。

諏訪大社を離れ、いよいよ最終目的地である蓼科チェルトの森に到着したのは、予定より1時間弱早い時間だった。今期の奨学生が泊まることとなった大興蓼科山荘は、それこそ「山荘」という言葉が似合う、丸太を主な素材にして造られた素敵な建物で、ラウンジのソファに腰掛けて外を眺めると、これこそ「ザ・森」と呼ぶにふさわしいような光景が繰り広げられていた。夕食までの空き時間に周りを散歩していた人の中には、鹿を目撃した人もいた。

夕食は、品のある和食だった。そして食後、ラウンジにおいて、理事長をはじめ渥美財団の方々や、SGRAおよびラクーンの方々、そしてチェルトの森の関係者の方をも交えて、「アイス・ブレーキング」タイムを楽しんだ。講師の先生のリードで、これまで聞いたこともないゲームを通じて、自然と参加者同士の親睦を深めることができた。翌日の日程が朝早くから予定されていたため、1日目の公式日程はここで終了した。しかし、女子3人での相部屋だった自分のところでは、その後も、夜遅くまでおしゃべりが止まらなかった。

7月6日(土)

2日目は、SGRAワークショップがあった。「原発を知る・感じる・考える」という主題のもとで、まず午前中は3人の専門家の講演を聴き、午後からは小規模のグループに分かれてディスカッションをするというプログラムの構成だった。

原発問題については、事の重大さにも関わらず、日常の中でなかなか「知」り、「感」じ、「考」える機会を得なかったのが、自分の処している現実である。そこで、それぞれ異なる分野の3人の専門家による、原発をめぐった異なる側面に関する情報や視点の提示によって、これまでの自分が持っていた漠然かつ単純化されすぎていた考え方を自覚するようになった。それは、同時に深い反省に迫られた時間でもあった。

昼食は、グループごとに分かれて、2年前の3月11日の2時46分当時、自分は何をしていたのかについて語り合いながら食べることとなった。その時のことについては誰しもが昨日の出来事のごとく鮮明に覚えていて、かの「おぎのやの釜めし」だったにもかかわらず、話に夢中になりすぎて、じっくりと味を楽しめなかった感さえするほどであった。

そして午後、本格的なグループごとのディスカッションが始まった。原発から連想される、あるいは原発を表現する、1つの漢字を選定するという課題のもとで、熱い議論が交わされた。各グループは、年代も、国籍も、専門も、異なるメンバーで構成されていたがゆえ、非常に興味深いものとなった。普段、大学の外にいる社会経験豊富な方々に出会える機会をあまり持たない自分としては、そのような方々と接する機会を得られた点で、とくに有意義な時間であった。ともかく、私が所属していたグループは、3時間以上におよぶ時間を、片時も主題から離れず、全員が積極的に発言し合った(だが、議論に熱心過ぎたわがグループは、迂闊にも翌日の結果報告に備えるための時間を十分確保できなかった!)。

ワークショップの後、われわれを待っていたのは、ゴルフクラブでの素晴らしい夕食会であった。チェルトの森の関係者の方々も参加され、大変にぎやかな雰囲気の中、さまざまなお料理を食べながら、たくさんの人とお話ができた。夕食会が終わり、宿舎へ向かうバスに乗っても余韻はなかなか消えず、結局、大興山荘に戻ってからラウンジにおいて「二次会」を開くこととなった。前日に比べ、皆は確実により親しくなっていた。そして、お酒とともに、少しリラックスした感じだった。雨中の森の香りは1段と香ばしく、こうして2日目の日程も終わりに近づいていた。
 
7月7日(日)

3日目の朝が明けた。午前中には、いよいよグループ・ディスカッションの結果報告があり、早くから、会場の外で各グループはその準備に勤しんだ。本番の発表が始まり、それぞれのグループはオリジナルな方法で、議論した内容とそこで選ばれた漢字1文字を、効果的に伝えた。6つのグループは、それぞれ「人」、「和」、「力+力+力」、「智」、「黎」、「福」を選んだ。コンテストの形式を取っていたこの報告会は、すべてのグループの発表が終わった後、授賞式を行った。すべてのグループには、奇抜な名の付いた賞が漏れなく授与され、会場の笑い声は絶えなかった。そして最後に、それぞれ白いカードに蓼科での思いを書き込んでは、ボードに貼りつけ、お互いの思いを共有し合う時間が用意された。

昼食の後、すべての日程を終えたわれわれは、蓼科チェルトの森を離れた。帰路のバスの雰囲気が、往路に比べて確実ににぎやかになっていたと感じたのは気のせいだろうか。東京に着いてバスを降りた瞬間、蓼科旅行の終了の実感と同時に、すでにその2泊3日に対する恋しさが押し寄せてくるのを感じた。そうして旅の余韻に浸ったまま、おそろしく蒸し暑い大気に包まれて家路を急いだ七夕の夕方のことであった。

蓼科の写真(ゴック撮影)

(文責:李セボン)