渥美奨学生の集い

講演「日本企業に将来はあるか。消費者はどうすべきか」

青山学院大学教授 石倉洋子

 

 ただ今ご紹介いただいた石倉洋子です。私は専門が経営戦略やマーケテイング戦略なので、最近の日本の業界と企業の国際競争力をどう見るかと、消費者の立場から何をしたら良いか、というお話をしたいと思います。特に、今年の5月末からしている規制緩和委員やアメリカのバージニア・ビジネススクールでMBAの学生を教えている経験から、なるべく具体的なお話をしたいと思います。あまりむずかしいことは言うつもりはありません。日本の経済の一般的状況については、多くの方がいろいろ述べておられるので、主に企業のワークショップやコンサルティングをした経験、日米の大学院で社会人を教えている経験など自分の身近なことから、お話したいと思います。

 今日のお話は3つのパートからなっています。まず第一が、背景としての日本経済全般の現状と企業戦略や消費者の動向を、皆さんのご意見を伺いながら、お話します。それから、日本の業界や企業の中でも国際競争力がある業界・企業とそうでない企業にはどのような背景や違いがあるか、に触れたいと思います。最後に、皆さんお一人お一人が「消費者」としていろいろな商品やサービスを購買・消費していらっしゃるわけですから、消費者として何ができるか、をお話したいと思います。

I.日本の現状と問題点

 まず日本の現状と問題点からはじめましょう。皆さんは日本企業の将来についてどうお考えですか。将来はあると見るか、そうでないと見るか、どう見ておられるでしょうか。最近の新聞記事などの論調は全体的に悲観的です。3四半期続けてマイナス成長とか、大型倒産とか、雇用をどう確保するか、とか、暗い話が多く、とても日本経済の将来が明るいという気はしません。皆さんの中には、まだ日本企業に力がある、特に製造業は強い、と考えていらっしゃる方もあるでしょうが、全体として日本経済や企業の多くは、タイミングとスピード感を喪失していると思います。

 例えば、金融システム改革について、いろいろ議論がされており、次第に実施へ向かっていますが、あまりに意思決定のタイミングがずれていると思います。不良債権など現在重大だと考えられている問題の多くは、数年前からいわれています。課題だ問題だといわれながら、なかなか議論が進まない、解決案が実行されないという状況が何年も続いているのです。 皆で同意してから実行しましょう、と「コンセンサス」ばかり得ようとしているため、どんどんタイミングを失してしまっている。これが大きな問題だと思います。

 これに関連する最近の私の経験をお話しましょう。「私は規制緩和委員をしている」とアメリカで先日友人に言いましたら、「それは冗談か」と言われてしまいました。私自身はまだまだ大事な仕事だと思ってそれなりに使命感をもってやっているのですが、「今更何が規制緩和か」というのが多くの人の反応なのです。それは今までも「規制緩和、規制緩和」といいながら、実効が少ないので、「まだやっているの?」という感じなのでしょう。ちなみに、最近のエコノミスト誌のカバーストーリーの題は、「Japan's amazing ability to disappoint」です。「どこまで改革の実行のタイミングを逃して、世界を失望させるつもりか」という嘆きが良く出ていると思います。

 また、最近特にアメリカで一番感じるのが日本とのスピード感の違いです。それは、PCやインターネットという情報技術が最近数年間で大きく進歩し、以前は考えられないほどのコミュニケーションや意思決定のスピードが実現されているのに、日本の組織はまだそれについていっていないばかりか、どんどんそのギャップが大きくなっていることです。日本でも企業ではここ1年位でインターネットや電子メールの利用は飛躍的に伸びていると思いますが、アメリカなどのレベルには到底追いつけません。それに仕事のやり方や組織の形態への意味合いという点で、情報技術のポテンシャルの大きさ、スピードの重要性はまだ日本では本当に理解されていないと思います。

 例えば、企業の記事などを調べる場合、アメリカのコロンビア・ビジネス・スクールにいる友人に検索をしてもらい、それをファイルとして送ってもらった方が日本で調べるよりも、ずっと早いし、また安いです。電気通信の料金が高いこと、データベースなどの標準化が進んでいないこと、日本語に限られ、英語でのデータベースが少ない、高いなどから、このような問題が生まれてきています。このようなスピード感のなさは、世界を相手に競争していく上では大きな問題だと思います。

 もうひとつの日本全体の問題は、向かうべき方向性、ビジョンの欠如だと思います。日本が世界で、またアジアで、どんな役割を果たしたいのか、どのようなビジョンを持っているのかについて、はっきりものがいえる人は政治家にもなかなかいません。これは政治家や日本全体のレベルだけでなく、企業や大学、個人についても言えることだと思います。実際に「我々の企業はこのようになりたい」「このような会社になる」と明確でユニークなメッセージを打ち出している会社は非常に少ないと思います。大学についても同様です。個人についても、一体どんな人生を歩みたいのか、どんなライフスタイルを求めているのか、を考えてこなかったため、途方にくれているという状態です。

 私は最近、この会社ではもう管理職になれない人を対象としたキャリア開発セミナーの一部をやっているのですが、そこでも、同じようなことが起こっています。日本を代表する大企業につとめる平均年齢40代前半の人たちに、「自らキャリアプランを考えてください」といってもなかなかできないのです。今までは大学を卒業する時にどんな会社にいきたいか、を決めれば、それから後は会社が個人のキャリアプランについても考えてくれました。しかし、最近はそうもいかない状況になってきたため、企業も管理職になる見込みのない人に対してセミナーを開き、自分でキャリアプランを考えることを奨励しています。その場合でも、個人がどのような人生を送りたいか、どんなライフスタイルを求めているかがはっきりしないと、まずキャリアプランの第一歩から躓いてしまうのです。

 それでは、前段はこのあたりにして、次は業界や企業の国際競争力に移りましょう。

II.企業の国際競争力

 これは前からいわれていることですが、日本の業界を見てみると、国際競争力のある業界とそうでない業界に大きく分けることができます。たとえば、自動車業界、電子部品、消費者向け電子製品などは、世界を見渡しても日本企業が非常に強く、世界に冠たる業界ということができます。一方、今話題になっている金融サービス、小売、ゼネコンなどは、世界に出ていって十分競争できるだけの力を持っているとは思えません。規模は大きいかもしれませんが、本当に国境を超えた世界での競争になると、このような業界の競争力はそれほど強くありません。

 それでは、同じ日本の業界でありながら、国際競争力のある業界とそうでない業界の違いは何なのでしょうか。私は、規制がそれほどなく、世界を相手に戦ってきた業界は強く、規制に守られて日本だけに閉じこもっていた業界はやはり力を磨いてこなかった、その結果として、競争力がないのだと思います。

 人間でもそうですが、体を鍛えておかないと、すぐかぜをひいてしまいます。また、体力は一朝一夕に強化されるものではなく、毎日少しずついろいろ訓練して強化するものです。その意味であまり長い間保護されていると、過保護の子供と同じで、ひよわな子供ができてしまいます。そういう点でも、規制があり、新規参入特に外資の参入が制限されてきたような業界は、強い相手がいないわけですから切磋琢磨がされず、いつまでたっても体力がつきません。その結果が今日の競争力のなさになったともいえるのです。

 また必ずしも規制だけが原因ではありません。製薬やアパレル小売なども国際競争力があまりあるとは思えませんが、このような業界の方々とお話すると、よく「私達の業界は、ほかの業界とは違います。日本市場は特殊性があって、ほかの業界の事例は参考になりません」といわれます。どの業界でもそれぞれの特殊性やユニークさはあると思いますが、このようなコメントの背後には、「当業界は特別だから、ほかの業界から学ぶことはない」という傲慢な態度があり、これが問題なのです。

 今日のように情報技術が進歩してくると、世界のどこからでも優れた企業や業界の行動についての情報を集め、それを分析することができます。逆に、ある企業が新しいユニークなことをやっても、その情報はすぐ世界中で知られる所となり、真似されることがありますから、新しいアイディアに安住していると、世界のどこかの競合にやられてしまいます。 常により良いやり方を求めて、違う業界からも自分達にも参考になることはないか、と学ぼうとする姿勢が不可欠なのです。そこで、このような努力を怠ってきた業界、「日本市場の特殊性」を声高に叫んできた業界は、最近のように国境を超えたメガ・コンペティションになってくると、力が発揮できないのです。

 また業界だけでなく、最近は企業の格差も大きくなってきており、勝者と敗者が明確になりつつあります。自動車業界ではここのところ、トヨタとホンダが強く、日産と三菱がかなり苦戦しています。電子業界についても、ソニーは好調ですが、松下はあまり業績が良くありません。またいわゆる総合電機メーカーといわれる日立や東芝の業績はかなり悪化しています。小売は一般的には良くありませんが、百貨店では伊勢丹が良い、GMSではイトーヨーカ堂グループが良い、ダイエーは不調というような傾向がはっきりしてきています。

 というわけで、業界自体の国際競争力も企業の業績も2極化しつつあると思います。ここで日本企業に将来はあるか、という今日のテーマに戻ってみると、日本経済全体、日本企業全体をひとまとめにして語るのではなく、業界別、企業別に詳細に見ていく必要があります。日本企業全体に将来があるとはいえない、しかし、それだからといって、絶望する必要はない、いろいろ切磋琢磨しながら、世界の舞台で競争をして、それなりの力を持っている企業もある、というのが現時点での私の結論です。

 そこで、皆さんも、業界や企業の選択をする場合に、過去から現在までの業績だけでなく、将来世界とたたかっていけるかどうかに注目したら良いと思います。将来が期待できるのは、日本国籍の企業の中でも限られた数の企業だと思います。ソニー、トヨタ、キヤノン、リコーなどはかなりの力を持っています。また、このような状況はどの国も同じで、アメリカの経済が好調だからといって、すべての企業が良いわけではありません。またヨーロッパもアジアについても同じことがいえると思います。

III.消費者の役割

 次に、日本企業に競争力を持ってもらい、日本経済ひいてはアジア経済を活性化するために、我々消費者にできることはないか、についてお話します。皆さんの中で、最近買うものを控えている、買い方が変わったという方はいらっしゃるでしょうか。景気が悪いといっても物がないわけではないし、自分の購買活動、消費活動はあまり変わっていない、というのが大方の状況でしょうか。このような状況の中で、消費者にできることはあるのでしょうか。それとも景気が良くなるのをじっと待つよりほかに手はないのでしょうか。

 結論から言うと、私は、消費者が果たす役割は大きいと思います。私の専門はマーケティング戦略ですから、「顧客が原点」というのはマーケティングの基本理念でもあるわけですが、個人の消費者の立場から考えても、「消費者の力は大きい、重要だ」と思います。皆さんは、どなたも商品やサービスの消費者であるわけですから、消費者の役割について、最後にお話しましょう。

 当たり前ではありますが、第一に消費者として重要なのは、自分の力を自覚して、納得しなければ購入しないという態度を貫くことでしょう。このように景気が悪くなってくると、何となく買うということは少なくなってきます。しかし、景気が悪くても良くても、自分のお金なのだから、良く考えて使うことが大事だと思います。

 特に最近の金融商品のように、何を買っているのか消費者もわからないような場合、自分が納得いくまで説明してもらうのは当たり前です。また納得しなければ買わないという態度をしっかり持つ必要があります。これは、言うのは簡単ですが、実際はかなりエネルギーのいる作業です。例えば保険などの例を考えてみましょう。自分でも将来の事故などについて考えるわけですから、できればあまり考えたくない、また考えようと思ってもイメージがわかないということがまずあるでしょう。セールスの人がいろいろ専門的なことを言ってくると、わからないし面倒だし、「まあいいか」と、良くわからないものを買ってしまうこともあります。そうすると実際に保険が必要になった時に、自分の思っていたのと違って、「こんなはずではなかった」ということになりかねません。特に金融ビッグバンが実施され、リスクとリターンについて多様な商品が提供されるようになると、よほど自分で意識して、「納得しなければ買わない」という態度をとらないと、後で大きな問題が起こります。

 自分のお金という意味では、税金も私達が苦労して働いて稼いだお金を、国や地方公共団体が使うわけですから、その使い道にも注意を払い、一言いう必要があります。税金は自分のお金だという意識をもって、どのように使われているのかに対してまず関心を持つ必要があるでしょう。

 次に、消費者として、問題は正々堂々と提起するという姿勢も重要です。日本人は多くの場合、クレームをつけない、ということで知られています。海外のホテルで景色の良い海側ではなく山側に部屋をアサインされてもあまり文句をいわない、だから日本人は組しやすしという印象があると思います。これでは消費者としては失格です。明らかに自分の言い分が正当な場合は、クレームは正々堂々とつけなければ、結局は企業を甘やかすことになります。これも言うのは易しいですが、実行にはかなりエネルギーが必要です。

 例えば私自身も経験があるのですが、電話のコーリングカードのPIN(暗証番号)を他人に使われた場合、まずクレジットカード会社に電話をして状況を説明し、支払いをしないと伝えなくてはなりません。また、電話会社にも電話をして古いカードを無効にしてもらい、カードを新しく発行してもらわなくてはなりません。国際電話の場合は、アメリカに電話をして説明しなくてはならないわけですから、ずいぶんエネルギーがいります。しかし消費者がこういう場合にしっかりしなくては、企業の「顧客満足を目指す」はスローガンに終わってしまいます。こうしなくては、良いサービスは受けられないと自覚して、しっかりやるよりほかはありません。

 クレームもまず直接の担当者に知らせ、それでも駄目な場合は、トップに手紙を書くなど一番上に働きかけるのが良いと思います。このあたりは、どこまで押したり引いたりするか、タイミングや力関係を見極めながら進めるかなど、状況によって感度が必要ですが、私が言いたいのは、自分の主張が正当であるならば、断固それを発言することが消費者の役割だということです。もちろん言い方や細かいやり方にはそれなりのセンスが必要なことは言うまでもありませんが、それだからといっていつも泣き寝入りでは、状況は改善されず、企業も顧客満足をあげるべく努力をするようにはなりません。消費者個人個人が自分の求めるものをはっきり発言し、それが得られるまで引き下がらないという態度をとらなければ、良い意味での競争は生まれず、企業は今の地位に安住してしまい、経済も活性化しません。

 これほど情報技術や輸送手段が進歩する中で、消費者は、国籍にとらわれず、世界から最高の品質、最も安いものを求めることができます。今日は、ファックス、インターネット、国際宅配便、クレジットカードなどがすぐ使える時代です。その気にさえなれば、自分の身近にある商品やサービスだけでなく、常に世界から最高のものを消費者が求めることができるようになっています。

 こうして厳しい目をもった消費者が増えれば増えるほど、企業はそれを満足させるために、努力を続けることになります。そして世界レベルでの競争が起こり、商品・サービスはさらに改善され、新しい商品やサービスが生まれます。今後の日本、アジア、世界を担っているのは、賢く、厳しい目を持ち、努力する企業のみから商品やサービスを購入する消費者なのです。

1998年10月5日 鹿島新館/渥美財団ホール